細い棒を振れば、空気を裂く音がする。ぴたりとそれを相手の喉元に突き付ける。ひゅっと相手の喉が鳴る。
「隙が大きい。間合いに入られたときの反応が鈍いぞ」
鍛練を怠るなよ、と言って首筋から棒の先を外してやる。まだ若い(家康よりは年上だが、)青年はぴっと背筋を伸ばし、礼をする。なんだか気恥ずかしくなって、家康は頭を掻いた。





鍛練をさせてくれ、と幸村に頼んだ。傷口は大体塞がっているし、動かないほうが体に悪い。そう言う家康を困ったように見た幸村は、一つだけ条件を出した。
「こいつを使ってくだされ」
差し出されたのは棒だ。穂先がついていない槍のような棒切れ。
「拳で闘わない事、これが条件でござる」
「……懐かしいな」
最近までこんな物を振るっていたはずなのだが、懐かしく感じてしまう。
「…道場に案内させましょうぞ。才蔵」
「こちらに」
ふわりと現れた忍が、家康の前に立つ。握りしめた棒切れが、重く感じられた。




ひゅっと空気を裂く棒は、ただただ線を描く。くるりと手の中で回せば、弧を描いた。手の平に収めれば、拍手が響く。
「…恥ずかしいから、あまり見ないでくれないか」
後ろに現れた赤い男に呟く。久々の袴が踝を擽るように、その視線がこそばゆい。くるりと振り向けば、そいつは二つの棒切れを握っていた。
「手合わせを頼み申す」
「ワシでいいのか?」
「徳川殿がいいのです」
茶色の瞳が笑う。踏み込まれた幸村の足が、たんっと音を響かせる。
一片の迷いもなく打ち込まれた左手の棒を受け流す。相手は両手に武器がある。受け止めたらもう一方が攻撃してきた時に対応できない。
受け流された勢いを利用して幸村が反転する。背中がこちらに向く。だがその背中に打ち込まないで、後ろに跳ぶ。先程まで家康の体があった場所を、右手に握られた棒が薙いだ。次いで左の棒。左は避けられなかったから仕方なく両手で構えた棒切れで受ける。重い。
右の棒ががら空きの胴を狙っている。丹田に力を込めた。
「よっ!!」
力わざで棒ごと幸村を吹き飛ばす。当然のように受け身をとられた。着地する瞬間に膝で衝撃を殺し、そのままこちらに向かってくる。ひゅっと音をたてて、棒がこちらの首を狙う。迎え撃つこちらの棒も、相手の首を狙う。かんっと棒と棒がぶつかる音が響いた。
幸村の棒はこちらの首筋に突き付けられている。幸村の首筋を狙った家康の棒は幸村のもう一方の槍に阻まれていた。
「負けか」
にかりと笑って棒を下ろす。
久々だから、なんて言い訳をするつもりはない。
「やはり強うございますな」
「いやいや」
顔を見合わせて、笑う。和やかな空気が道場に満ちた。
「真田の大将」
たん、と音をたてて忍が落ちてくる。その手には文が。
「石田の旦那から、文だ」







(虎の魂に)