男達は広い部屋に集められていた。各々が好き勝手にソファに腰掛けたり、手持ち無沙汰に突っ立っていたりしている。
ガチャリとドアノブを捻る音が静かな室内に響き、一人の男が現れた。慣れているのか室内にいた男達は大した動揺も見せない。
「どうやら、全員集まっているようだね」
そう口にしたのは、先程部屋に入ってきた男だ。老人を思わせる白髪に、日に焼けていない白い膚。身につけた衣装までが真白である中で、唇と瞳の紫が際立っている。
「半兵衛、任務?」
長い茶色の髪を頭頂部で纏めた大柄な男が首を傾げる。半兵衛と呼ばれた白髪の男はその問いに頷くことで答える。
「今回の任務は、恐らくはSSレベルのものになると思う」
「マジか」
ソファにもたれ掛かっていた黒髪の男が呻く。右の目を覆い隠すような眼帯がひどく印象的である。
「それで、こんな大人数でのミッションなんだ?」
橙の髪をヘアバンドで持ち上げた、細い体躯の男が問い掛ける。黒い鞣し革の手袋に包まれた両の手を、ぶらぶらと揺らしている。
その男に向かって半兵衛は、その通りだよ佐助君、と言った。
「今回は実動隊と補助隊に別れて任務を遂行する。任務内容は標的の殺害と、その人物が行う人身売買のオークションを中止させ、警察に証拠を提供すること」
そこで一度言葉を区切り、室内を見回す。様々な態度を取っている男達だが、目は一様に半兵衛に向いている。
「実動隊は政宗君、片倉君、三成君、家康君。補助隊は佐助君、慶次君。念のため幸村君は待機してもらおうかな」
「了解でござる」
佐助の傍らに腰掛けた亜麻色の髪の少年が答えた。そんな少年を横目で睨んで、肩ほどまでの茶色の髪をもった男が半兵衛に疑問を投げ掛ける。
「我の名がないようだが」
半兵衛は一度苦笑してから答える。
「毛利君は一応実動隊に入ってもらうけど、役目は補助みたいなものをやってもらうから」
「何をすれば良いのだ?」
「陽動と撹乱、かな」
それだけの言葉で役割を理解したのか、毛利と呼ばれた男は沈黙した。半兵衛はもう一度室内を見回し、声を出す。
「取り敢えず補助隊の二人は残ってもらえるかな。実動隊の皆は次の指示までは自由に過ごしてて」



「こき使われるのかあ」
慶次君と呼ばれていた、茶色の髪を頭頂部で括った男が、溜息混じりに呟いた。その横で佐助と呼ばれた青年が苦笑する。
にやりと笑った半兵衛が懐から小さな瓶を取り出す。中には二三本の髪の毛と黒い塊。
「慶次君、佐助君。標的の頭髪と血液だ。やることは分かっているだろう?」
「分かってますってー」
「うえ、俺コレ嫌いなのに」
橙の髪をした佐助が平然として答えるのに対して、慶次は苦虫を噛み潰したような顔をしている。それでも意を決して、その小瓶に手を延ばす。蓋を開け、中身を手の平にぶちまける。
「うううーっ、気持ち悪っ。何コイツ何考えてんのっ」
慶次が瞳を閉じて、悲鳴をあげながらも集中する。意識を深層領域まで潜らせて、手の平の中のモノを頼りに浮上する。
「佐助君。欲しい情報は次の人身売買オークションの日取りと開催場所だ」
「りょーかい」
軽く答えて、佐助はその手を覆っていた黒い鞣し革の手袋を外す。その手を小瓶の中身を握っている慶次の手に重ねた。赤土色をしていた佐助の瞳が見開かれ、瞬く間に翡翠色に染まる。
「…違う…コレも違う。…駄目。暗号とか、符丁とかばっかりでわかんない」
「日取りは?」
「んー、ちょっと待って。あたぶんコレかな。……明後日?」
「結構急だね、狙われてる自覚がないのかな」
佐助が慶次の手を手を離す。慶次は余程気味が悪いのか、冷や汗をかきながら半兵衛を睨んだ。
「ねえ。日取りさえ分かってんなら、鶴姫ちゃんの力を借りれば良くない?」
「…慶次君、君は理解した上で言っているのかい?」
「慶ちゃん、今回の任務は『人身売買』に関わるんだよ」
半兵衛と佐助が慶次を批難する。慶次はそれでも意志を曲げようとはしない。
「だったら、尚更、鶴姫ちゃんみたいな子を増やさないために協力を仰いだ方がいいんじゃないの?」
「――私も慶次さんに賛成です」
緊張した空間に、一つの声が飛び込んできた。
「鶴姫ちゃん、これは」
「佐助さん。説明の必要はありません。全部わかっています」
肩の上で切り落とされた焦げ茶の髪を颯爽と靡かせて、鶴姫は半兵衛の前に立つ。
「確かに、『人身売買』って言葉は私にとってトラウマ以外の何物でもありません」
でも、と鶴姫は一旦言葉を区切る。
「もう、タダ飯食いの居候ではいたくないんです」
協力させて下さいな。
それだけ言って、今度は慶次の前に立つ。
「接続は解除してませんね?」
「大丈夫だよ」
ありがとうございます、と鶴姫が囁き、未だに小瓶の中身を握っている慶次の手に、自分の手を重ねた。
「…なゆたなり あそぎなり がしゃなり しぎなり むりょうなり……」
ぶつぶつと鶴姫が呟く。その声を止める者はいなかった。


石田三成と徳川家康は廃工場の前に佇んでいた。明らかに物騒な物が入っているとわかる、細長い袋を肩に担いだ三成が油断無く辺りを警戒しながら呟く。
「…本当に此処で良いんだろうな」
「鶴姫殿の予知が外れた、とでも?」
茶化すようにそう家康が答えれば、三成は静かに頭を横に振った。
「貴様が着地点を間違えたことはないか、という事だ」
オークション会場として鶴姫が予知したのは、この廃工場だ。だが外から見ただけでは静かで人っ子一人いないように見える。
「それだけ防音設備がしっかりしているんだろうさ。…時間だ、行こう」
二つの影はなんの変哲もない廃工場に消えた。


セイモン、シモンカクニンヲオコナイマス。パスワードヲイイ、パネルニテヲアテテクダサイ。
そう叫ぶ機械の前で、伊達政宗と片倉小十郎と毛利元就は顔を見合わせた。
「そりゃ、アポなしで簡単に辿り着けるとは思ってなかったがなあ」
面倒臭いヤツにしやがって、と政宗が溜息をつく。元就は暫し逡巡していたが、元就が行動に移るよりも先に小十郎が動いた。
掌を躊躇なくパネルにたたき付ける。呆気に取られた元就を横に、政宗は納得したように頷く。
「そうか。電気だったらお前の十八番だったな、小十郎」
その声に応えるかのように、小十郎の掌からパチパチと音が発される。見る人がいれば気付かれたであろう。その掌は微弱な雷を纏っていた。その雷は指を伝ってパネルに接触する。ぱちぱち、ぴー。音が鳴り響き、ドアが開いた。
「便利だな、片倉」
珍しく称賛の言葉を向ける元就に、小十郎は肩をすくめて応えた。