鶴姫が口を開く。先程までとは打って変わったような真剣な光が瞳に覗いている。
「先日、私の社に狐が入り込みました」
「狐?」
そりゃあ狐が社に入り込むことくらいあるだろう、と首を傾げる蘭丸に鬼が口を開く。
「鶴の字はワダツミなんだ。その社に入り込む狐はただの狐のはずがねぇ」
「ワダツミ…」
佐助から聞いたような気がする。記憶を探って思い出す。
ワダツミ、わたつみ。わたつ神。
海の神様だ。
そんな凄い神様だったのか。驚く蘭丸を余所に佐助が問う。
「狐、ね。…社に入り込んで何をしたの?」
「私を喰うつもりだったようです」
「それはまた豪気なことだねぇ」
からからと慶次が笑うが、元親がそれに冷たい目を向ける。
「笑い事ならわざわざ鶴の字が話す必要がないだろうが。俺はいなかったから見てねぇが、結界は壊れて防衛線も破られた。社にいて無事だったのは、鶴の字とサヤカだけだ」
それを聞いて慶次の笑みが凍る。蘭丸も背筋が冷えた。佐助が言っていたのだ。ワダツミの社程に防御が固い社はない、と。その防御を打ち破る狐とはどれ程強いのか。
「どうやって追い返したのでござるか?」
だが蘭丸は幸村の問いにはっとした。そうだ、今この海神は無事なのだ。
「しつこかったので」
「ふむ?」
「津波を呼び寄せて、ドーン☆と」
「うわあ…」
蘭丸は思わず狐に同情した。神様は意外と乱暴だ。結界をぶち壊した火神やら、侵入者を津波で押し流す海神やら。負傷した何人かは津波のせいではないだろうか。
「まあそんなことはどうでもいいんです」
どうでもいい、で津波の一件を流して鶴姫が言う。
「狐の尻尾は九本でした」
「九尾狐(きゅうびぎつね)…!!」
佐助が息をのむ。蘭丸は知らぬ名だった。
「後で説明するから」
佐助が蘭丸を見て言う。よほど焦っているようだ。
「狐は神を喰らい力を得るのが目的だったようで、津波で追い払う直前に、『他の神を喰らえばいい』と」
「それで某に」
「はい。一番防御が脆いのはこの社ですから」
「…はっきりと言ってくださるな」
「事実ですから」
火神と海神が言葉を交わす。鬼が口を挟んだ。
「鶴の字」
時間だ。
その言葉を皮切りに鶴姫の体がはらはらと崩れ始める。体の端から白い粉に変わる。
「あー時間切れですか。幸村さん、」
もし生きてたら、また会いましょう。
はらりと風に粉が散る。
潮の匂いがしばらく辺りを漂って、消えた。





海神