「ようやく見つけましたよっ!!人識君!!」 「…なんだ、伊織ちゃんか」 「なんだとはなんですか。せっかく可愛い妹が探しに来てくれたのに」 「…自分で『可愛い』って言う妹は、少なくとも性格的には可愛くないだろ」 「いつにも増して毒舌ですね、人識君」 「ああ、まあな」 伊織は人識の隣に腰を下ろす。河原特有の水と苔の匂いが二人を包む。腰の下の草が冷たい。 「そういえばですね、人識君」 「何だよ、伊織ちゃん」 「此処に来る途中で、ナンパされちゃいました」 「へぇ」 「カッコイイ人だったんですけどね、私見かけよりも性格を優先しますので」 「伊織ちゃんはそうだろうな」 「お誘いを断ったんですけど、あまりにしつこかったので」 「殺したか?」 「いえいえ、股間を蹴り上げて来ました」 「…可哀相に」 何故ナンパくらいで、『殺人鬼』の蹴りを股間に受けなくてはならなかったのか。その男に人識は同情した。まあ兄貴がいなかったのを幸運に思ってくれ。いたらきっと命はない。 「それで、ちょっと高校時代を思い出しました」 近くの芒がそよそよと揺れた。 「初恋も高校の頃だったんですよ。懐かしいものです」 「そんなに昔じゃないだろ」 「いえいえ。ここ一年は今までの十年間に相当しますよ」 「そんなにか」 せいぜい五年だろ。人識は心中で呟いた。 「初恋…か」 「どうしました人識君。恋ばなですか?聞きますよ?」 「なんで生き生きしてんだよ。聞く気満々じゃねーか」 だけれど、人識は口を開いた。 「俺の初恋はさ、多分中学生の頃だろうな」 多分ってのは、あれが本当に恋だかわかんねぇからだ。 「どんな人ですか?」 伊織ちゃんが聞いてくる。 そうだな。 「いっつも拘束衣で、私服は裸ジャケットで、いっつもぎゃはぎゃは笑ってて、腕が異常に長くって、『殺し屋』で、綺麗な長い黒い髪」 「半分くらい変態要素が見えましたけど」 気にすんな。 「まあ、そんな奴だった」 「男の子ですか?女の子ですか?」 「器は女で、中身は男だよ」気にすんな。ついでに言うと、器の年齢と中身の年齢も違うんだ。 「…はあ」 まあ聞いてくれ。 「最初は大嫌いだったさ。しつこく絡んでくるから」 だけどな。 「段々嫌いじゃなくなって、好きになって、大好きになった」 「告白はしましたか?」 したような、してないような。微妙なとこだな。勢いで『愛してる』は言った気がする。 「あいつが色々とやって、喧嘩別れみたいな感じになってさ。それから会ってなかった」 「そうですか…」 「そしたらこの前、『いーちゃん』から、死んだって聞いた」 「………」 「あいつは、あいつなりに生きて、死んだんだろうけどな」 看取ってやりたかった。二人ぼっちのあいつらを。 「まあそんな話だよ。伊織ちゃんが期待したような、明るい恋ばなじゃくてごめんな」 じゃあ帰るか。今日は水炊きでもしようぜ。 「人識君」 「何だよ、伊織ちゃん」 「恋をした事を、後悔してませんか」 なんだ、そんな事か。 決まってんだろ。 「してねーよ」 かはは、傑作だ。 愛してるぜ、出夢。 『恋』と『彼』についての考察 |