「この世の物は、全てが陰と陽に分けられる。そういう考え方が陰陽論さ。あ、人間の陰陽道とは違うから気をつけて」
佐助が蘭丸に教える。まだまだ未熟な妖である蘭丸は、妖力と知識を得るために佐助の教えを請うているのだ。
「陰陽は基本的に対となっている。例えば…火と水とか」
「火と水?」
蘭丸が聞き返せば、佐助は一つ頷いて答える。
「火は陽で、水は陰。どちらの力も拮抗している存在だよ」
「光と闇、みたいに?」
その通り、と蘭丸の答えに頷く佐助。
「光と闇。空と地。風と木。犬と猫。日と月。男と女。…その他諸々。誰しもがその中の何かに属している、って考えさ」
「…幸村様は火に、属しているんだよな」
「まあ、そりゃあ火神だし」
あっけらかんと佐助が言う。何当たり前の事聞いてるの、といった感じだった。
「全てのものは、陰か陽かに分けられる。…ま、この考えには俺様は賛成しかねるけどね」
「どうしてだ?」
「だってその考えなら、俺様みたいな、陰でも陽でもない妖はいるはずないでしょ」
笑ってみせた佐助は、ひどく儚い顔をしていた。






佐助との勉強の後、自室に篭った蘭丸は集中していた。伏せをして眉間にしわを寄せたまま俯いている。蘭丸がぐっと体に力を入れた瞬間、ぼふん、と何とも気の抜けた音が響き、蘭丸を煙が覆う。煙が晴れると、小さな少年が現れた。
「……やったぁぁ!!!」
言わずもがな、人間姿の蘭丸である。一月程前まではこの姿で生きていたのだ。蘭丸は二本の足で畳を踏む感触に、しばらく感動していた。
「あ、おちび。ようやく化けれるようになったの?」
「蘭丸はちびじゃない!!!」
障子を開け放ったまま、はしゃいでいたため、通り過ぎた佐助にからかわれた。
「あはー、だってちびじゃん」
にこりと笑う佐助は、当然のように人間の姿だ。
そういえば。佐助殿は何の妖怪なのだろう。
「………なあ」
佐助に向かって蘭丸が声をかけようとした瞬間。
どくり、と大気が脈打った。
「…………!!!」
「…………っ」
佐助と蘭丸は顔を強張らせる。
どくり、どくり、と脈打つ気配は、佐助の後ろにある庭から溢れ出している。
そちらを向けば、圧倒的なまでの妖気が流れ出していた。その空間にひびが入っている。
ぱきり、とひびが大きくなる。
虚ろな闇が鎌首を擡げているその空間から、それは現れた。




来襲