蘭丸は、目を覚ました。
目の前にあるのは、闇でも狗でもない。ただの天井だ。
どうやら此処は、幸村から蘭丸があてがわれた部屋らしい。蘭丸は敷かれた座布団の上に俯せに寝ていた。
「あ、起きた」
寝転がったまま、ゆらゆらと視線を彷徨わせていると、慶次が現れた。後ろに担いでいるのは大刀だろうか。
「お邪魔しますよ」
慶次の後ろから光秀が部屋に入ってきた。更に佐助と幸村が続く。
「…無事にすんだようですね」
光秀が蘭丸を見て言う。その闇色の瞳にかすかな安堵が含まれているのを、傍らの幸村は気付いたようだった。
「ああ。狗神は蘭丸の中にいるよ。今は眠ってるけど」
蘭丸が答えれば、幸村が笑った。隣の佐助が口を開いた。
「そりゃ、見ればわかるよ」
見下ろしたまま。
あれ、そういえば蘭丸って座布団に身体が全部のるくらい小さかったっけ。蘭丸は自問する。否、ちがう。
立ち上がる。四本足で。
いつもよりも低い目線で腕を見れば、真っ黒な体毛に覆われていた。





大爆笑だった。特に光秀が。
犬の姿になっている蘭丸を見下ろしながら、笑っていた。呼吸困難におちいりかけるまで。
「修業すれば、そのうち人間に化けれるようになるよ」
佐助は励ましてくれた。幸村はその横で微笑んでいた。
慶次は頭をぐしゃぐしゃしてくれた。嬉しい、と感じてから、精神まで犬になってきた?と恐怖したのは蘭丸だけの秘密だ。



「狗の魂と人の魂が交わり、一つの妖(あやかし)が誕生する。つまり、今の蘭丸殿は『狗神』という名の妖でござる」
余りに煩い光秀を追いやってから、幸村が話し掛けてきた。
「今は眠っているが、蘭丸殿が望みさえすれば、狗神は蘭丸殿の力になってくれよう」
「そのためには、妖力を溜めないといけないけどね」
にこり、と佐助が笑った。
あ、と蘭丸は気付く。初めて、佐助殿の笑顔を見た。
その事を指摘したら、幸村が笑っていた。
「佐助は人間が嫌いなのでな。別に蘭丸殿を嫌っていたわけではないのでござるよ」
それを聞いて安心した。





「…では、私は戻りますね」
光秀が、来た時に使った水晶盆の前に立ち、幸村に言った。なんでも、光秀はさるお方に仕えていて、その方の所へ戻らないといけないらしい。
「蘭丸殿の事は任せて下され」
幸村は、光秀にそう言い返していた。妖として未熟な蘭丸は、しばらく幸村の下で修業を積むのだ。そのあとは、光秀と同じ主の下で働く事になっているらしい。
「では」
光秀が盆に足をつけると、ふわりと光秀の姿は掻き消えた。



蘭丸を振り返った幸村が、笑顔を浮かべた。
「…では蘭丸殿、まずは勉学から始めましょうぞ」
…妖修業も楽じゃない。
蘭丸は妖になったことを、早速後悔した。




狗吠