Recitar!
Mentre preso dal delirio
non so piu quel che dico e quel che faccio!
Eppur e d'uopo sforzati!
Bah, sei tu forse un uom?
Tu se' Pagliaccio!
Vesti la giubba e la faccia infarina.
La gente paga e rider vuole qua.
E se Arlecchin t'invola Colombina,
ridi, Pagliaccio...
e ognun applaudira!
Tramuta inlazzi lospasomo edil pianto;in una smorfia il singhiozzo e'l dolor...
Ah! Ridi Pagliaccio, sul tuo amore infranto!
Ridi del duol che t'avvelena il cor!

〜R.Leoncavallo:Opera“I Pagliacci”:Aria di Canio〜




彼は風だ、と誰かが言った。
僕は反論するつもりはない。むしろその通りだと肯定するだろう。
また誰かは、あいつは空気みたいだ、と言った。
そうかもしれない。僕は思う。
彼は何処にいても不自然さを感じさせない。誰といても不自然さを感じさせない。
まるでふわふわと漂っているようだ。あるいはふらふらと彷徨っているようだ。

屋上には秀吉とねねさんと僕と君。秀吉とねねさんは手を繋いでいる。それをとても悲しそうに、でも少し嬉しそうに見る慶次君。
「つきあうことになったの」
ねねさんが笑う。余りに綺麗に。余りに残酷に。幸せの絶頂にいる者だけが浮かべられる笑みが、ぐさりと君を突き刺すのが見えた気がした。ああ、なんて残酷な人。慶次君はあなたを愛していたのに。親友である秀吉のために身を引いたのに。(あるいは、愛するあなたの幸福のために身を引いたのに)
ねねが笑う度に慶次君は笑い返している。それは、心と裏腹の笑顔。いつもどおりの人好きのする笑みの下では、涙が止まらないのだろう。
まるでカニオのようだ。心は悲しくて堪らないのに、笑顔を浮かべて戯けてみせる。なんて可哀相な道化。
「購買に行ってくるわね」
ねねさんが秀吉を連れて姿を消す。ばたんと金属の扉が音をたてた。
残ったのは僕と慶次君だけ。
慶次君はフェンスに背をもたれる。長い髪が風に遊ぶ。僕はただ見ているだけ。慶次君は顔を伏せていたから、僕からはその表情は見えなかった。
ひゅうひゅうと風が駆ける。
慶次君が呟く。
「なあ、半兵衛」
僕の名前が呼ばれたことに若干驚きながらも、僕は答える。
「なんだい、慶次君」
慶次君が伏せていた顔をあげた。泣いてはいなかった。笑っていた。
「ねねと秀吉をよろしくな」
その笑顔は、昨日見た笑みと同じ。宿題を見せてくれ、と言っていた彼自身の笑顔と同じ。
困ったような、泣き笑いのような、そんな顔をしたまま慶次君は僕に背を向けた。フェンスと向かい合う。
「慶次君?」
がしゃりとフェンスが軋んで悲鳴をあげる。
がしゃがしゃがしゃ。そうして慶次君はフェンスの向こう側に立つ。
慶次君が何をしようとしているのか。僕はようやく気付いた。
「けいじく、」
彼の名前を呼び終わるよりも早く、慶次君は僕の視界から消えた。

慶次君がいない。
いることが当たり前だった彼の存在は、例えるならば空気。当たり前のように存在していて、なくなって初めて大切さに気付く。
その彼は、静かにいなくなってしまった。
彼がいなくなった今、僕はそのうち窒息して死んでしまうのだろう。

喜劇は終わりました」

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冒頭文:オペラ「道化師」より