闇の中に蘭丸はいた。
瞼が持ち上がるように、光がゆっくりと差し込んだ。
蘭丸は倦怠感に身を任せて、その光に埋もれた。





目が覚めれば、蘭丸は床の上に寝ていた。
(うわ…何で俺、床の上で寝てたんだろ)
そして、ゆっくりと視線を巡らせる。何処だ、此処。
「――、飯だぞ」
人の声に驚いたが、そんな蘭丸の心情とは別に、体が起き上がる。四つん這いに。
「はっ!!?何だよこれ?」
驚きの声をあげたが、きゃんきゃんとした鳴き声にしかならなかった。
足元を見る。黒い短い前足があった。
一瞬、目の前が暗くなった。





察するところ、これは狗神の記憶なのだろう。何度も入れ替わる映像から、蘭丸はそう推測した。
飼い主らしき人間、その従者らしき少年、女中に主の奥方。
(みんなみんな大好きだ)
狗神の声がする。蘭丸の意識とは別物なのに、蘭丸の中に浮かび上がってくる声。
(あるじさま、今日もたくさん遊んでくださいな)
幸せなその声は、本当に狗神の物なのか。
蘭丸は疑念を覚えてしまった。




光景が入れ替わった。
主が客を迎えているらしい。
(お客さまがきてるから、しずかにしていよう)
黙って床に伏せる。
(はやく遊んでくれないかな)
はたはたと尻尾を揺らして、待つ。
客人の白い狩衣の青年は、こちらを見てから、にやりと笑って帰っていった。
白い狩衣の青年が去った後、主に駆け寄る。だけど、主は遊んでくれなかった。





場面が切り替わった。
寒い。苦しい。ひもじい。
(あるじさま、あるじさま)
助けてください。
どうして。どうして。
蘭丸の中で狗神が喚く。
「すまぬ。――、すまぬ」
動けない。
狗神の首から下は地面に埋められている。何日も食べ物を口にしていない。もはや、狗神には暴れる力すら残ってはいない。ただ、吠えるだけ。
主は狗神に目を向けない。必死で逸らしている。その手には、刀が。
それを振りあげる、主の姿。
(やめて下さい、あるじさま)
きゃんきゃんきゃん
吠える。
聞いて、あるじさま。
蘭丸の声か、狗神の声か、蘭丸にはわからない。わかるのは、これから起きることが悲劇だということ。
「すまぬ、これしかないのだ」
ぬらりと刃が光を反射する。
(嫌だいやだよ、)
しにたくないよ、

そうして、蘭丸の意識は混濁した。



昔々