轟と鳴り響く、炎風。
びゃんびゃんびゃんびゃん
狗共の悲鳴があがる。
「さあ、怨霊共よ」
幸村は笑う。
「片端から焼き尽くしてくれようぞ」
その身に炎を纏いながら。
神は笑った。






慶次と光秀は闇を歩いていた。外から見れば等しく濃密だった闇は、中に入れば斑。その闇が特に濃い方向に向かって、二人は歩いている。そして大して進まずに辿り着いた。
蘭丸の姿をした、濃密な闇。黒い毛皮の大きな狗。
「…光秀さん」
「わかっています」
光秀は蘭丸に近付く。しかし、辺りの闇が蠢いて威嚇する。
びゃんびゃんびゃんびゃん
闇が光秀に飛び掛かった。風音が鳴り、闇は消える。
「お前らは俺と遊ぼうか」
慶次が大刀を振りかざした。






びゃんびゃん
狗が威嚇する。
光秀は構わず歩を進める。
「蘭丸」
びゃんびゃん
狗が威嚇する。
「闇を呑みこむのですよ」
狗の鼻先に着いた。狗は警戒している。吠えはしなかった。
「狗神の中に蘭丸がいるのではありません。蘭丸の中に狗神があるのです」
びゃん
一つ、狗が吠えた。






光秀の目の前で狗が目を瞑る。程なくして、狗は蘭丸へと姿を変えた。
びゃんびゃんびゃんびゃん
辺りの闇が吠える。主の気配が薄くなった事に気付いたのだ。
「終わった?」
大刀を一振りしながら、慶次が問うてくる。ええ、と光秀は答える。闇は吠える。
「後は蘭丸次第です」
闇が二人に躍りかかる。
「…一つ、火の海埋もれよと」
業火が闇を切り裂く。中から現れたのは佐助を背負った幸村。
「そちらが一段落ついたようだったので、来てしまったでござる」
佐助を蘭丸の横にそっと横たえる。慶次と光秀は、蘭丸と佐助を守るように立った。幸村が、一歩前に出る。
闇が吠える。
幸村が謡う。
「二つ、二人で向かおうか」
轟と辺りの闇が炎をあげた。
狗が火達磨になり、暴れ回る。
びゃんびゃんびゃんびゃん
鳴き声が響き渡る。
「三つ、水底闇の底」
火勢が増す。何匹もの狗が火の粉を散らして倒れた。足掻く体が宙を跳ねる。
「四つ、黄泉路は長かろう」
すべての狗が灰燼に帰した。さらさらと灰が風に舞い散る。
「せめて、此度の眠りは安らかならん事を」
火神はそう願った。

闇が燃えてしまえば、そこにはいつもの屋敷があった。


灰死