伏待月が現れる頃、あいつは俺の前に現れた。
「竜の姫様、こんばんは」
夕焼けの髪が揺れる。そして、そいつはいつもの通りに俺の横に座るのだ。

ふと思う時がある。こいつは本当に女なのだろうか。
ぴったりと肌に吸い付く忍装束の下の体躯は、異様な程に肉付きが悪い。
胸は無いし、二の腕にさえ肉は無い。より効率よい動きのために作られたかのような、その身体。ただ男性にしては細すぎる腰だけが「佐助」を女性と示していた。忍装束を着ていたら気付く事もないが。
「任務か?」
「そうだよ。南部の動きを見に来たのさ」
まったく、忍使いの荒い事。
けらけらと笑う佐助。
普段と、昼と違う、人好きのする笑みだ。
「ついでにゆっくりして来ようかなって」
久しぶりの休暇よ?
また笑って、佐助は俺の横の酒に手を伸ばす。南蛮から仕入れた果実酒だ。
「…佐助」
ん?と佐助が振り向く。その平たい胸に飛び込んだ。

姫様が何かを溜めている事には気付いていた。その何かは、きっと良いものではない感情。
だから、俺様はその小さな体をちゃんと抱きしめてあげる。
「…女が、」
小さな声が胸元から聞こえる。聞いているという意思表示を込めて、その背中をぽんぽんと軽く叩く。
「女が一国一城の主なんて、無理だって、黙って輿入れでもしろって、」
「…家臣に言われたの?」
こくんと頭が上下する。
伊達の家臣には、古臭い考えの年寄りが多い。それは先代から仕える者だったり、家督争いの際に弟君を擁護した者だったり様々だが、ただ一つ共通点がある。
女が家督を継ぐなど冗談ではない、という思考だ。
「姫様、小十郎さんには?」
「言ってない。…心配、かけたくねぇから」
まったく、主を蔑ろにする家臣など捨ててしまえば良いのに。この少女は優しいから。
「小十郎さんには言った方が良いよ。逆に心配させちゃうからね」
しばらくしてからこくんと頭が上下した。彼女の体を両手で抱きしめる。ああ、なんて小さい。
「ほら、泣いてもいいから」「………っ」
じわりと肩が濡れた。
嗚咽を漏らすその小さな姿に、同情を覚えた。

すん、と鼻を鳴らしながら姫様が顔をあげた。目は真っ赤で未だに少し涙の膜が張っている。
「…だいじょうぶ?」
「……ん」
姫様が幽く笑う。いつものふてぶてしい笑みとは程遠い。
「…ありがとな、佐助」
ああ、無理して笑わなくてもいいのに。
「姫様、」
意図せず、言葉が漏れた。
見上げてきた姫様の目を見据える。
「姫様、大好き」
笑えば、笑顔が返ってきた。
「俺もだ、佐助」

ねぇ。
姫様が要らないなら、
俺様が伊達を滅ぼすよ。
姫様が嫌がるなら、
俺様は武田を捨てるよ。
姫様が望むなら、
俺様は貴女を選ぼう。

体を寄せた雀の唄
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140412:改定