青焔魔。サタン。"敵対者"の名を冠する、虚無界の君主。子供ですら知っているお伽話の悪魔。
それが今、物質界に存在していた。
青い炎がその身体から立ち上る。物質を燃やしているわけでも、酸素を消費しているわけでもないその炎は、高く高く火の粉を舞い上げた。
『ユリ、ユリ!!』
その青い瞳が涙を流しながら絶叫する。
愛しき女の名を。




奥村雪男の身体を乗っ取る事に成功したサタンは、しえみ達が知らない名前を叫んだ。まるで泣き叫ぶかのように。
『ユリ』
ただ一つの名前だけを。
『ユリ、何処にいるんだ』
「母さんは死んだよ」
かつりとブーツを踏み鳴らして前に出たのは、奥村燐。
皆は下がっててくれ、とさりげなく指示を出して、奥村雪男の身体に憑依しているサタンに近付く。その歩みに迷いはない。
「俺達二人を産み落としてすぐに亡くなったんだと」
『…そうか』
サタンの淡い青の瞳が揺れて一粒の水滴を零した。
『ようやく、会えるようになったってのにな…』
勝呂達は息を呑む。青焔魔はただただ愛惜の涙を零す。
「…一度、アンタに聞きたかったんだ」
誰も教えてくれねーから。
燐はそう呟いて、サタンの金色の瞳を見据えた。
「母さんは、どんな人だったんだ?」
その問いにサタンは笑う。ひどく悲しい笑顔で。
『まっすぐな奴だったよ』
自分から目を逸らさなかった初めての人間を思い出して、サタンは笑う。
『お前にそっくりだった』
愛しき女に似た顔をした少年の姿が目の前にある。彼女の息子。同じ顔。愛しき女を思い出し、ふと抱きしめたくなって、腕を広げた。
「親父」
意外なことに、息子はそれに応えた。"今の自分の身体"より少しだけ小さな体躯が抱き着いてくる。ごう、と二人分の青い炎が混ざり合い、激しさを増す。虚無界門が炎に焼かれて崩れる。
「…一緒に、母さんに会いに行こう」
サタンの炎が燐を焼き、燐の炎がサタンを焼いた。抱きしめあったまま、二人はただただ笑っていた。






「リンとユキオ?」
『"ユリ"から一字ずつ取って名付けた。…どうだ?』
「うん。いい名前だと思う」
ユリは腹を摩りながら、穏やかな笑みを浮かべる。
「燐。まるであなたの青い炎を表すみたいな名前ね」
『雪男は、百合の花みたいだろう』
「ふふっ、楽しみだな」
早く会いたいね、そう笑ってユリは二つの命の宿る腹を撫でた。






「きっとこの先には、僕達が幸せになれる世界があるさ」








例えば、追放の先に楽園があるのなら。





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アニエクの23話直後のED妄想発見したので、とりあえずUp。うろ覚えなんで、色々矛盾が発生してます。
アニエクは雪燐展開でご馳走様でした。映画版は京都編だよね!!いや希望だけど。