どろり、と闇が蠢いた。
「……っ」
闇は普段よりも密度を増して、四人を包んだ。佐助がその圧迫感に顔を歪める。
「何事でありましょうな」
幸村は赤い瞳を鋭くして、辺りを睥睨する。闇の中には何も見えない。
「幸村っ」
慶次の声。
はっとして振り返れば、闇から何かが飛びだしてくる。ばんっと音を立てて消え、それは闇に還った。
「…油断しないでくれよ」
見れば慶次の手には大刀。察するところ、慶次がそれで何かを斬ったのだろう。
「忝ない」
言えば、慶次が笑う。全く緊張感を与えさせない笑みだ。その慶次の後ろの男が動いた。
「…光秀殿?」
光秀がふらりと闇に踏み出す。ざわり、闇が蠢いた。

びゃんびゃんびゃんびゃん

犬が吠えるような音が辺りに響き渡る。威嚇の声。
「蘭丸です。狗神に呑まれている」
確信したように光秀が言う。闇が揺れる。
「死んだ野犬の魂でも引っ張り出してるんだろうね。全く、面倒臭いなあ」
慶次が溜め息をつく。
無念。苦痛。飢え。それらは皆怨念となり、地に残る。苦しみ死んだ犬は、犬神と通じた所がある。だから。
狗神の魂に、心に惹かれる。





光秀は口を開く。
「恐らく、狗神は力を得ようと動いているはずです」
「つまり、狙われてるのは幸村?」
火の眷属である狗神が力を得るには、同じ属性の者を喰らうのが普通だ。ここには幸村しか火の力を所有する者がいない。ならば、幸村を喰らえば良い。先程の闇が幸村に襲い掛かったのも、それが理由だろう。
「ならば、某は動かぬ方が賢明でござるな」
狗神が幸村に集中している今なら、他の者は動きやすい。闇をかい潜り、蘭丸の所へ辿り着く事も可能だろう。
「俺と光秀さんで蘭丸の所に行くよ。陰の眷属の俺達なら大丈夫だろ」
狗神は火の眷属だが、呼び出された魂は違う。怨霊は闇に属する。だから、この闇を渡れるのは陰の気を持つ妖である、慶次と光秀だけだ。
「幸村は佐助を守ってて」
そして、慶次と光秀は闇に姿を消した。





「大丈夫か、佐助」
幸村は、傍らにうずくまっている佐助に声をかける。薄い肩がびくんと揺れた。
「…なんとか…だいじょうぶ」
平素よりもかなり弱々しい声が返ってきた。顔がゆっくりと上げられる。額には脂汗が浮いていた。
陰陽の属性を併せ持った妖である佐助は、犬の怨霊のせいで辺りに満ちた陰の気に影響を受けているのだ。
それでも、佐助は笑みを幸村に向けてきた。
「大丈夫だよ、旦那。…闇に呑まれたりなんて、しないから」
儚い笑みを。



蠢爾