「あなたは何処もおかしくなんてないわ」
彼女はそう言って笑う。
「他の人なら違うのでしょうけど。あなたのその決断を、私は間違ってるとは思わない」
蕾が綻ぶように。笑う。
「大丈夫よ秀吉。泣かないで」
我は、泣いてはいなかった。なのに何故か彼女はそう言った。
「私はきっと貴方にこうされる事を望んだのよ」
その細い頚にかかる、我の手に小さな白い手をのせる。
「貴方になら、殺されたいわ」
笑う。笑う。
花が散るような笑みで。
「死んだら、会いましょう」

その日、我は愛しい人をこの手で殺した。






嵐の空。時折走る稲光が、鼠色を切り裂いては消える。
独り、丘の上で我はそれを眺める。眼下では、豊臣の兵達が武功のために各々の武器を振り回している。
その中に小さな白を見付けた。玻璃のように脆くも鋭い、刃。
とうに元服を終え、佐吉から三成と名を改めた青年が駆ける。その横を輿に乗った大谷吉継が走る。
二つの影が戦場を蹂躙する。
その様子を我は見下ろす。
最期に見る、彼等の雄姿を。
「嵐が来るな…」
ぽつりと呟く。
独り言ではない。
彼が聞いている。
「そうは思わぬか、家康」
「…来るのは嵐ではない」
後ろの男が言う。
「泰平の世(みらい)だ」
決然とした声だ。まるで彼自身を表しているような。
「秀吉公、貴方は日ノ本の次は世界だ、と言った。民を省みず…あの戦火を他の国にまで広げると」
家康を振り返る。真っ直ぐな視線が見上げてきた。
丘の下からは、未だに武器がぶつかる音が響いている。
「…絆。それが最も強い力だとワシは信じている」
家康が呟く。
「貴方が武力で天下を統べようと言うのなら…貴方を倒し、ワシは絆の力で天下を統べる!!」
轟、と雷鳴が響いた。





日ノ本の絆の為に、自らの絆を犠牲にするのか。
(…似ている)
我はそう思った。
絆の為に、絆を捨てようとする家康と。
夢の為に、夢を捨てた我と。
「…愚かな」
口の端を歪めて笑う。
失ってから気付くからこそ、大切なものなのだ。
近い将来、彼は悔やむ事になるだろう。失った物の重さに。心の虚ろに。
それでも進むと言うのなら。
(…半兵衛、すまぬ)
きっと我らの夢は、ここで潰えるのだ。
ぐっと拳を固める家康を見据える。
小さな拳。大きな覚悟。
それを確認して、我は拳を固めた。





ばしゃばしゃと音を立てて、水溜まりに雨粒が落ちる。
雨は倒れた我の身体にも降り注いだ。
(…負けたか)
ふ、と口元が緩んだ。
(ああ、ようやく会える)
死んだら、会いましょう。
あの日、交わした約束。
暗くなる意識に身を委ねる。




(……ねね)
今、会いに逝く。
だから、また笑ってくれ。





その花のちる姿を見たか








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悠祈様リクエストの
「GALLOWS BELL/初音ミク」で豊臣夫婦でした。
すっごく書いてて楽しかった。ねねは想像の余地があるので、書きやすいです。秀吉の口調がわからないw
今回も悠祈様のみお持ち帰り可です。
悠祈様、リクエストありがとうございました。