100年は生きた、と彼は言う。
「人魚の肉を喰ろうたのよ。貴様でも知っておろう」
20の時だという。臣下から捧げられたそれを食べたのは。
「何人も親しい者が死んだ。だが、腹を切ろうと、火に巻かれようと、水に沈もうと死ねぬ」
もはやこの世は地獄よ。
「だからな、我は正真正銘、毛利元就ぞ」
名を騙ったなど二度と申すな。不死の青年がそう囁いた。

元就は辺りを見回す。
自分の周りに赤が散っている。
赤い鎧、赤い旗、赤い剣。そして、赤い骸。
夕日に照らされたそれは、海を隔てた国の主。いや、その死骸だ。
その横には、碇が墓標のように突き刺さっていた。
あらわになっている上半身に、肩から腹にかけての鋭い傷。
その骸は動かない。
「…不死者に挑もうなど、愚かな者よ」
赤に染まった輪刀を振る。血が飛んで、銀色の光沢があらわになった。萌黄の鎧は、返り血と斜陽のせいで赤いまま。帰ったら拭わなければ。
骸に背を向ける。
「…愚か、とは言ってくれんじゃねぇか」
足が止まった。
馬鹿な。今の声は。
「…馬鹿な」
ひゅう、と息が漏れる。
元就の目の前に立つのは、紛れもなく、先程殺したはずの男。
仰向けに倒れていたのに、起き上がっている。立ち上がっている。
長曾我部元親。
「貴、様…なぜ生きて」
「ああ?」
どろりとした夕日に、銀が輝いた。青の瞳が元就を射抜く。
「最初から名乗ってんだろ」
西海の"鬼"だってな。
鬼はそう嘯く。
「人間みたいに、やわじゃねぇんだ。死なねえよ」
笑う。嗤う。
その哄笑で人を殺せる。
その、人ではない笑みに背筋が凍る。
この世で最強の、最恐の、最凶の人喰いの神。
鬼神。
逃げなければ。足に力を込めるが。
「俺はあんたに一目惚れしたんだ」
足が動かない。ああまるで、蛇に睨まれた蛙。
気付くべきだったのだ。
彼が"長曾我部元親"ならば、とうに100を越えている。
「人魚の肉を喰った人間、か。永久不滅って奴だろう?」
青の瞳が迫る。
まるで、物を見るような。
逃がしはしねえ。
鬼の声が聞こえた。恐怖に固まる元就の頬を、鬼が撫ぜる。ぞくり、と肌が粟立った。
「いつまでも綺麗なお宝ってわけだ」
鬼の瞳は、赤く染まっていた。
「永久を一緒に生きようぜ」
嗚呼、我はまだ地獄を生きるのか。
視界の中で、鬼が笑う。

笑みを浮かべた三日月だけが、全てを見ていた。




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Title 揺らぎ

140412に改定