海が、好きだ。
満天に散る屑星を映した姿も
しじまに浮く月を映した姿も
煌々と輝く日輪を映した姿も
だけれど、時々この海に遮られているように思えてならない。
鵲よ、架け渡してくれ
(この海に、橋を)

海に潜るとな、とあやつは切り出した。
「泡がゆっくり上に昇ってくんだよ。んでそのうち音が消えて、ぼうっとした音だけになるんだ」
身振りで示そうとするが、我にはただ腕を振り回しているようにしか見えぬ。
「深い所は群青に黒をかけた色でな、時々きらきら光るんだ」
まあ、魚の鱗が反射してるんだけどな。
あやつは、にかりと笑う。
「浅い所は淡い黄色でなあ、光が柱みたいに見えんだ」
また、笑う。
何が面白いのか。元就にはわからぬ。
だが、意識は向けたまま。
「水面の近くにお日さんがあるみたいに見えんだよ」
やけに楽しそうに聞こえた。
火光よ、その姿に
(手を伸ばしても届かぬのだ)

ばしゃん、と音がした。
水面の星が歪む、揺れる。
「何やってんだ」
元就が海に向かって石を投げ込んでいた。相変わらずの仏頂面で。
「…海は嫌いだ」
水面が風に飛沫をあげる。
「届かない物を映して、触れられると期待させては届かぬ」
それは、お日さんの事か。
問えば無言で首肯された。
「…それに、我と貴様を遮りよる」
ばしゃん。また水音。
星が歪む。揺れる。
「遮ってるんじゃねえよ。繋いでんだ」
そう呟けば、戯れ言を、と返された。
海人小船よ、沈むなと
(見えぬほどに、遠い)

たった一人で、海を見る。
瀬戸の夕凪。水面は遠くに夕日を湛えている。
赤い景色。なにもかもが、朱に沈む。空も。海も。陸も。
きらりと、輝く白が視界に現れる。
よく見ればそれは船の帆で、紫の七ツ酢漿草が風に靡いている。
「…来たか」
我はゆっくりと腰をあげて、海へ向かった。
竜舟よ、運んでおくれ
(彼の者を、我が元に)

夜の海が綺羅星を湛える。
そんな海が好きだ。
俺はまた星の海を掻き分けてお前に会いに行くんだ。
夜這星よ、繋いでくれ
(願いを、捧ぐ)


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鵲:かささぎ
火光:陽炎
海人小船:漁師の乗る船
竜舟:大船
夜這星:流星