虚から現れたそれは、佐助と蘭丸を見て目を丸くした。そのまま片手でぼりぼりと頭を掻く。
「…やっぱ失敗したか」
「失敗したか、じゃないでしょーが!不法侵入の馬鹿鬼がー!!」
蘭丸の隣を駆け抜けた佐助が、その銀糸に向かって蹴りを繰り出した。




庭で鬼は胡座をかき、その前に佐助が仁王立ち、蘭丸は少し離れてその光景を見ていた。
「いやあ、結界の手前に出るつもりだったんだがよぉ」
失敗した、と豪快に笑う銀の鬼に、蘭丸は呆れる。あれだけの勢いの蹴りをくらいながらも無事な目の前の鬼の頑丈さに。
「んで、結界ぶち破って鬼界をこじ開けた、と?」
佐助が鬼に向ける笑みは氷のようだ。ほんと怖い。蘭丸は恐怖する。
だが鬼はその氷に怯えずに笑っている。図太いのか鈍いのか。
「まあな。こっちにも色々と事情があるもんでな。出口を直す暇もなかったんだ」
そう言って、鬼は担いでいた酒壺を示す。
「佐助」
酒壺から佐助に向けられた青い瞳は、真剣な光を宿している。
「幸村を呼んで、水晶盆を用意してくれ。なるたけ早く」





蘭丸が幸村を呼びに行き、佐助が水晶盆を抱えて庭に出た時、件の鬼はいつの間にやら現れた慶次と談笑していた。どうやらこの鬼は蘭丸以外とは顔見知りらしい。
「元親殿、久しゅうございますな」
「よう幸村。久しぶりだな」
にこにこと蘭丸の横で幸村が笑う。元親と呼ばれた鬼も笑っている。
「鬼の旦那、水晶盆持ってきたよー」
佐助が元親に水晶盆を手渡す。受け取った元親はそれを地面に置き、酒壺に手を伸ばした。
「あいつが伝えたい事があるんだとよ」
ばしゃばしゃと水晶盆に酒壺の中身が注がれる。水のように透明な液体。酒壺をひっくり返して全て注いでも、水晶盆から溢れる事はなかった。
波が納まった水面に鬼の指が走る。くるくると幾つもの紋様を描き、波紋を生じさせる。
「鶴の字、準備出来たぜ」
鬼が水面に向かって呟く。ゆらゆらと揺らいでいた水面が、ぴたりと動きを止めた。
辺りに潮の匂いが満ちる。
「ぷはーっ!!」
水晶盆の上に少女が現れた。肩の上で切り揃えられた黒髪に明るい茶色の目の少女。見かけは蘭丸よりも少し上だろうか。
「あ、繋がりましたね!!ありがとうございます、元親さん☆」
「おう」
くるくると水晶盆の上で少女が回る。巫女のような衣服がぱたぱたと揺れた。
「久方ぶりでござるな、鶴姫殿」
「お久しぶりです、幸村さん!」
鶴姫と呼ばれた少女が幸村に挨拶する。鬼は退屈そうに欠伸をした。それを睨んで咎めた後、少女は口を開く。
「実は大変な事があったんです。幸村さんに関わるかと思いまして」






少女