「我が策に間違いは無い」
「....でもよ」
「だから、安心しろ」
毛利元就は此処で滅ぶ。
貴様の敵が、一つ消えるぞ。
そう言えば、こいつは目に見えて狼狽した。
「まだ、少ししか生きてねぇじゃねえか」
「…そうかも知れぬ」
だからといって、もう引き返せぬ。
これが、我が最後の策となるであろう。
最後にして、最期。
「だが、仕方が無い」
今にも泣きそうな顔を撫でる。海を思わせる青の瞳が揺らぐ。その塩水でさえも、愛しいと思ってしまう。
重症だな、と思いながら呟く。「元親」
珍しく名前を呼んでやれば、顔を歪めた。
「貴様は、生きろ」
そう言えば、遂に涙が零れた。「…俺も死にてぇよ」
「駄目だ。貴様は、我が策に欠かせぬ」
「だけど…!!」
悲痛な面持ちで叫ばれた言葉に答えるまでに少し時間がかかった。
「我が囮となる」
その間に、貴様らは絡繰を完成させよ。
貴様は生きろ。
そう繰り返して、彼に背を向けた。
本陣を出れば、血の匂いがあふれていた。

本陣に続く道に立ち塞がると、敵兵達は目に見えて驚愕した。
息を吸い込む。
「…我が名は毛利元就!!
此処を通りたくば、我が屍を越えてゆけ!!」
宣言し、輪刀を構える。
(安芸の国は任せたぞ…元親)
絡繰の完成まで、元就は独りで時間を稼ぐつもりだった。
多くの兵は絡繰整備に回し、残った兵は守備に回した。戦闘要員は元就のみ。

死ぬのは、自分だけで良い。

「…禁じ手、縛」
毛利元就は、独りで戦闘を開始した。

赤い。紅い。朱い。
朱紅赤垢アカあか
大地は赤く、踏み締める足すら赤い。輪刀は血に濡れ、鎧は血に塗られている。
だが、まだ敵の影がある。
視界が霞むのを無視して、戦闘を再開しようとした時。
爆薬のはぜる音。
待ち侘びた音が響いた。

「…元就!元就!」
絡繰が完成し、真っ先に元親が行った事は、走る事だった。
独りで敵兵を引き付けているはずの、彼の元へ。
「元就!!」
赤い夕焼けの中、元親は疾走した。
ようやく元親が見つけた彼は、血だらけだった。
ふらふらとした立ち姿に駆け寄る。
「元就!!」
「…元親?」
鳶色の瞳がこちらを見た。
次の瞬間、細い身体が傾く。
「おい…!!」
咄嗟に手を出して支える。
そして、鳥肌がたった。
普段から軽い体躯は鎧を纏っているはずなのに。
刀を持っているはずなのに。
軽すぎた。
そうしてようやく、彼の纏った血が、返り血だけではないと気付いた。
「元就…!!元就…!!!」
泣きながら、名前を呼ぶ。
ゆっくりと瞼が開いた。
「……元…親か?」
「そうだ。絡繰は完成した。もう、反撃が始まってる。半刻ほどで片が付くだろ」
「そ…か……」
呟きで答える姿は、いつもの凜とした彼のものではない。
「勝ったか……」
「そうだ。…だから、死ぬな。死ぬな」
だがその言葉の無意味さは、元親が一番分かっていた。今から手当てをしたところで、手遅れだ。むしろ、苦しみを長引かせるだけ。
「泣くでないわ…」
そんな彼の心情を察したのか、元就は笑った。
「だけど…こんな…!!」
「泣くな。鬼が泣くのは、童話だけで良い」
ゆっくりと、元就の手が顔を撫でてくる。
「安芸は任せたぞ」
涙で歪んだ視界に、彼の笑顔が映る。
血で濡れた頬に水滴が落ちた。「…頼みが……ある」
言葉を紡ぐのも苦しいのだろう。顔を歪めながら彼は呟いた。口許に耳をよせ、彼の言葉を聴く。
最後の、最期の言葉を。
「我を焼け。」
「……は?」
理解できない。否、理解する事を拒否した。
「我を焼け。燃やせ」
骨を残さぬ程の豪火で。
髪の一本も遺さぬ程に。
「……何だよ、それ」
言葉が、零れる。
「そんな事したら、アンタが生きた証が無くなるんじゃねえのか!?」
「そうだ。それで良い」
「何でだ!! 安芸の為に生きるんじゃなかったのか!? 安芸のために死ぬんじゃなかったのか!!」彼は笑った。
穏やかなほどに。
「我の死を隠匿するのなら、我が遺骸は邪魔であろう」
そういう事は、あやつらに任せるが。
「我は安芸のために死すのだ」「………!!」
それに、と彼は続ける。
「どうせ荼毘に付される身ならば。元親、お前に燃やしてもらいたい」
「…何だよそれ!!」
感情が抑え切れない。
激情が流れ出す。
「アンタを好きだったんだ!!
アンタと一緒にいたかった!!
アンタと生きていたかった!!
この感情は、どこにやれば良いんだよ!!!」
怒鳴って吐き出した感情は、それでも腹の底に溜まっていた。どろどろの黒い靄のように。
「…すまぬな」
「…謝んないでくれ」
元就の言葉にそう返せば、