元就と幸村


「貴様」

言えば、それは亜麻色の髪を揺らして振り向いた。

「何故、うつけのふりをしておる」

鮮烈なまでの赤。今やその色を見に纏うのはこやつしかおらぬ。
真田幸村。
紅蓮の鬼。虎の若子。日ノ本一の兵。虎武者。
戦での勇猛さを表す字(あざな)を幾つも持ちながら、目の前の男は至極穏やかに笑む。

「何の事でしょうな」

「とぼけるな」

真のうつけならば、そのような反応はしない。やはり、こやつは食えない。

「…ばれましたか」

くるりと奴の顔つきが変わった。表情自体はあまり変わってはいないものの、変わったのはその双眸。

「いつ気付かれましたか」

今までの瞳が真っ赤に燃える篝火だとしたら、今の瞳はまるで炭の奥でじりじりと燃える熾火だ。

「先の戦の折、貴様が先駆けを渋った時だ」

先駆けは真田に、という大谷の案に当の真田だけが反発した。代わりにこやつが提案したのは、先駆けに毛利を据えるという案だった。
半信半疑ながら真田の考えを信用し、布陣を敷いた。毛利を先鋒に、真田を殿(しんがり)に。
結果から言えば、西軍は大勝した。大した犠牲を出すこともなく。しかし、それはこの目の前の男の手柄だ。突如として後方部隊を襲撃した敵を、こやつが忍隊を使って殲滅したのは記憶に新しい。他の武将ならば、こうまで素早く対応できなかっただろう。

「読んでおったのか」

「愚問にございましょう」

ああ、確かに愚問だ。
読んでいなければ、わざわざ殿を努める必要性がないのだから。

「何故うつけのふりをする」

もう一度問えば、くつりと笑った。

「うつけならば、警戒されぬでしょう」

成る程。伊達に長い間狙われ続けた上田の地の領主ではないということか。
うつけであれば、と見くびる輩は山のようにいる。下手に賢くあるよりも、うつけのようにあれば警戒されにくくはなる。警戒されにくくなれば討つのは容易い。

「……俺は貴殿が思っているよりも臆病な男なのですよ。
毛利殿」

一礼して、真田が去る。その背に、誰かの俤(おもかげ)を見た気がした。














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馬鹿じゃない幸村。
元就がみたのは、家康のおもかげです。馬鹿なふりをしている幸村と、弱いふりをしていた家康。実はそっくりな二人。
タイトルが気に入ってる。