「…何で!!」
君はまた、そう言うんだ。
どうして、彼女を殺したのか。何故、彼を止めなかったのか。
(その理由は、一生教えるつもりはないけれど)





今日もまた、血を吐いた。明らかに肺臓から出たと分かる、皮肉なまでに明るい赤色を。
喀血の間隔が狭まっているのは気のせいではないだろう。身体も更に痩せた。微熱がずっと続いている。
死期が迫っている。
自分自身の身体だ。如実に感じられる。
恐らくもうしばらくで、僕はこの世を去るのだろう。
ああ、僕は秀吉の天下を目に出来ないんだろうな。
半兵衛はそう思う。
少しだけ、寂しいな。



無理矢理に動かしていた身体は一刻も早い休息を望んでいる。
だるい。ねむい。いたい。
身体の声が聞こえる気すらしてくる。
それでも、もう少しだけ。
秀吉の天下に近づきたい。
秀吉の天下を見てみたい。
その願いは決して、叶わないと知っているけれど。




ひゅうっ。
そんな音が喉から溢れた。
息が吸えない。苦しい。苦しいよ。
苦しさからか咳が零れた。喉を逆流する、鉄の匂い。
ぱたたっと机上に赤が散る。
紙の白を侵し、墨の黒に浮く。その赤は、病が僕の身体を侵した証。
また咳が込み上げた。力が抜けて、床に倒れ込む。受け身をとる余裕すらも無い。
肩で息をしながら、ぼうっと霞んだ景色を眺める。文机と兵法書くらいしか目立った調度品のない部屋は、ゆらゆらと白い視界に揺れている。
…ああ、僕は死ぬんだな。
もう少し生きていたかったな。
ふわふわと言葉が脳裏に浮かんでは消えていく。
ごめんね、皆。
三成君。
幼い君にはまだまだ教えたい事が沢山あったのに。
刑部君。
三成君が独りにならないように側にいてあげてね。
官兵衛君。
僕の分も豊臣を支えてくれると嬉しいな。

秀吉。ごめんね。僕は先に逝くよ。
あの秘密はあの世に持っていくよ。
彼には、内緒のまま。

結局、僕には何もできなかったんだ。彼女を救う事も。
彼を助ける事も。

視界が黒くなる。倦怠感に負けた瞼が閉じられたからだった。








翌朝、いつまで経っても起きて来ない軍師を起こしにきた小姓が、その骸を発見した。
その、病に蝕まれた軽い小さな身体は、人知れず葬られたと伝え聞く。




桜が散る頃の話であった。









(もしまた出会うなら)
(その時は君に)
(本当の事を言えるかな)