夜になった。月は十六夜。
その月が映るように佐助が地面に水晶盆を置くのを、蘭丸は幸村の横で見ていた。


蘭丸と幸村は地面に描かれた円の中心に立っている。この円は結界で、聞けば水の眷属を呼ぶので、火神である幸村は邪魔にならないようにしていないといけないらしい。蘭丸は狗神が火に属すのと、人の気が場を乱す可能性があるので結界の中に入れられている。因みに、慶次は佐助から少し離れた場所に立っていた。
「喚ぶよ」
宣言して、佐助が水晶盆に手桶から水を注ぐ。桶をひっくり返しても、不思議な事に盆は満たされなかった。
佐助がその盆に指を走らせる。不可思議な紋様が水面に刻まれた。


水の匂いが強くなるのを感じた瞬間、蘭丸の視界は幸村の手で暗くなる。
「狗神を抑えよ。結界の中で暴れられたら大変だ」
耳元で響いた声に、蘭丸ははっとした。水の匂いにあてられたのか、自分の中の黒い物が暴れようとしている。
黒い物は蘭丸に語っている。
壊せ。砕け。何もかも。
お前が死ねば、俺は自由だ。
(…お前なんかに負けるか)
腹の下に力を入れて、ぐっと息を吸う。しばらくすれば、それは静かになった。
水の匂いが溢れ出る。
(…来る)
何かが来る。直感的に感じ取って、蘭丸は構えた。




にゅるん。
例えるなら、そんな音だった。その気が抜けるような音と共に何かが盆から這い出る。
「無事に到着なされたようでござるな」
その姿は。
「…蛇」
どっからどう見ても、小さな蛇の登場に蘭丸は口を開けた。



現出