申し遅れた、と赤い水干を纏った彼は言った。
「某は、幸村と申す。未だ修業中の身ではあるが、この社で火神(ほがみ)を努めておる」
「火神…?」
聞いたことのない単語に、蘭丸は首を傾げる。水神や風神なら聞いたことがあるが、火神とは初めて聞いた。
「知らなくて当然。火っていうのは、破壊と滅亡の象徴なんだよ。だから、人は火に感謝しつつ、火を畏れる」
慶次の言葉が重々しく響いた。この社が山奥にあったのも、そんな理由からなのかな、と蘭丸は考えた。
「…だけど妖怪からしたら、火ってのは命の象徴だ。だから、こいつは妖に好かれる」
慶次は幸村を指して、笑った。そんな言葉の中に、慶次自身も幸村を好いているのが伺えた。だけど、蘭丸にもその気持ちはわかる。


「…分かるよ、ソレ。だって、幸村様からは太陽の匂いがするもの」
あったかい日だまりの匂いだ、と言うと幸村は笑った。暖かな笑みに空気が和む。
その和んだ場に水を差すように声がかかった。

「あり、どうしたのさ。皆様勢揃いしちゃって」
気配もせずに佐助が現れる。幸村は笑ったまま答える。
「蘭丸殿と話しをしておったのだ。某は太陽の匂いらしいぞ」
「俺は森の匂いって言われた」
慶次も幸村の発言に同調する。すると佐助は興味深そうに目を細めた。
「へぇ…じゃあ俺様はなんの匂いがする?」
そして蘭丸に近付きながら、問い掛けてきた。蘭丸は、すんと鼻を鳴らしてから答える。
「水と…風の匂い?」
「…まいった」
答えると、何故か佐助は両手を上げて降参の仕種をして去って行った。謎の発言と行動に蘭丸が首を傾げると、幸村が笑う。
「恥ずかしがっているだけだ。気に病む事はない」
そして、空を見て感慨深げに呟いた。
「…あれも哀しい妖だからな」

その意味は、蘭丸にはわからなかった。



匂い