庭先で、俺は所在無く佇んでいた。のんびりしていろ、と言われたものの、やる事がないと暇でしょうがない。
「何してんだ、蘭丸?」
「…びっくりした、天狗殿か」
後ろから当然かけられた声に振り向いて答えれば、天狗は首を横に振った。
「殿、は無し。かたっくるしいのは無しにしようぜ。ほら、名前教えたろ?」
「…慶次」
渋々呼び捨てれば、それで良いとばかりに頭を撫でられた。
「夜までなんて暇だろ? 寝ないんなら、俺と話さない?」
蘭丸が断るはずがなかった。



「蘭丸は何処でこの蒿里の事を聞いたんだ?」
聞きたくて堪らなかったのだろう。慶次が真っ先に尋ねてきたのは、その事だった。
「この蒿里って場所はさ、妖怪には有名だけど、人間には知られてない場所なんだよ。だから誰が蘭丸に教えたのかなって」
「…知り合いに妖怪がいてさ、そいつが『いつか困ったら訪ねろ』って教えてくれたんだ」
「親切な妖怪だねぇ。蘭丸に狗神が憑く事を知ってたみたいだな」
「実際そうであろうな」
二人の会話に声が乱入した。驚いて見てみれば、赤い水干。
「狗神は血に憑くものだ。はっきりとは見えずとも、感じる事くらいはそれなりの妖ならば出来るであろうよ」
「…見えなかった俺への皮肉かよ、幸村」
ぷう、と頬を膨らませて慶次が呟く。幸村、が赤い水干の彼の名なのだろう。幸村と呼ばれた彼は、慌てて顔の前で手を振って否定する。
「慶次殿もその気になりさえすれば、感じられたはずでごさるよ」
わたわたと慌てる彼が面白くて蘭丸は思わず吹き出した。
失礼な事をした、と思ってはっとするが、彼らは笑っていた。
「ようやっと笑ったでござる」
「下手な仏頂面よりも、そっちの方が良いよ」
敬語や仏頂面が苦手な事もばれていた。侮れない、と思うが考えてみれば彼らは蘭丸よりずっと年上なのだ。ばれて当然かも知れない。そう考えたら、今までの自分が可笑しく思えた。
しばらくの間、蘭丸の笑い声が屋敷に響いていた。



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