「…あの童子、如何致すのであろうな」
主が言葉を漏らした。悲しそうな表情で。
「さあ。どっちを選択するにしても地獄だろうね」
そう返せば、一層悲しそうになるのだ。
我が主は優し過ぎる。他の妖や人間なんて放っておけば良いのに、手を伸ばそうとする。
主が一緒に傷付く必要なんて、何処にも無いのに。
「人間として死んで狗神を解放した方が、あの子供としては幸せかもね」
残酷だが、これは事実だ。周りの事など考えないで、自分の幸せを追求した方が良い。あの子供だって、例外ではない。
「…某はあの童子の選択に委ねるつもりだ」
だから、主もそう言うんだ。
どう考えたって、あの子供に狗神を解放させてはいけない。それくらい、主だって分かってるはずなのに。
それでも、主は馬鹿みたいに他人の幸せを求めるんだ。
自分の幸せを度外視して。

きっとあの子供が自らの幸せを選択したなら、この世に放たれた狗神を滅ぼすのは主だろう。自分の責任だ、と言いながら。そして、その事をまた悲しむんだ。

だからあの子供には悪いけど、俺様はあの子供に人間に戻ってほしくない。
主を悲しませたくないから。




慶次は開け放った戸から、外の景色を見ながら溜め息をつく。やはり、下手に人に関わるべきではない。
一発で天狗と判別された時にはもう逃れられなかった。挙げ句「蒿里」の名を出されては。
本当に厄介な性格だ。困っているものには、手を差し出してしまう。それが誰かを傷付けると気付く時にはもう遅いのだ。
今回はあの子供を傷付けた。もしかしたら、彼も傷付くかもしれない。
ごめんな。
二人に心の中で謝って、慶次は静かに瞳を閉じた。






思考