火が閃いて、消える。火が消えたその空間には、今までになかった姿があった。
「そなたが、遠路遥々この蒿里(こうり)まで、某を尋ねてきた童子でござるな」
亜麻色の髪が揺れ、朱色の水干が音を立てる。髪の間から覗いた瞳は、紅蓮。
まるで炎のようだ、と思いながら、頭を下げた。



「…俺、森蘭丸って言います。この度はコウリに住まわる方に力を借りたく、森を彷徨っていた所、こちらの天狗殿に導かれ此処に参りました」
ふむ、と赤い彼は笑った。
「顔を上げてくれ。話がしにくい」
その声に従って、蘭丸は顔を上げた。視線が赤い目と交わる。
「…そなた、厄介な物に憑かれておるな。…供(く)…苦(く)…狗(く)…」
紅蓮の瞳が輝きを増す。行灯の灯が揺れている。
「…そなた、狗神憑きだな」
彼はそう言った。



「俺の家族は全員狗神に憑かれて、狂い死にました。父も母も弟達も。俺だけが生き残りました。…正直この世に未練はありませんが、俺が死ねば狗神は解き放たれ、悪霊となります」
それは、厭なんです。
そう言えば、彼は悲しそうに笑った。佐助とやらがこちらを見た。その目には、怒り。
俺が何か悪い事を言ったか、と心当たりを探すが特に思い当たる事は無い。
「蘭丸殿」
彼が悲しそうな顔のまま、名を呼ぶ。はい、と答えて目を合わせる。
「…狗神を悪霊にせぬ事は、可能でござるよ」
「本当ですか!?」
自分が笑顔になっているのがわかる。でも、彼の顔は浮かないまま続く。
「しかしその場合、蘭丸殿は二度と人間には戻れぬ」

息が止まったように感じた。




「どういたすかは、明日教えて下され。今宵はこちらに泊まっていかれるが宜しかろう」
そう言って、彼は立ち去った。部屋を出ていく彼を追って行った佐助は、相変わらず怒りの篭った目をこちらに向けていた。慶次は隣に居る、と言っていなくなった。
蘭丸は一人になった部屋で、唇を噛む。

人間のまま死に、狗神を悪霊としてこの世に放つか。
人間を捨て、狗神が悪霊となる事を防ぐか。
難しい選択が、蘭丸の頭を支配していた。


選択