人里離れた山の中、その場所はあると聞く。
神を救い妖をも助ける社。
そこは、蒿里と呼ばれていた。




少年は歩き続けていた。がさがさと足元で葉が鳴るが、気にとめない。その足は裸足で、見るものがいたなら唖然としただろう。ぼろぼろの旅装に身を包んでいるのは、どう見ても10を少し過ぎた程の年の少年だったのだから。
その少年は夜闇の中にも関わらず、迷うことなく歩を進めている。時々すんすんと鼻を鳴らす動作が印象的である。
ようやく少年は立ち止まって、首を傾げる。
「…おっかしいな、匂いは近いんだけど」
口を尖らせて、呟く。
「…ずっと近くをぐるぐる回ってる感じだ」
そう言って、嗅覚に意識を集中するように目をつぶった。そしてそのまま一歩を踏み出す。
当然のように踏み出した足の下に地面はなかった。
「やっば…!!」
慌てて地面に着いている方の足に力を入れるが、後の祭。躯が落下する感覚に、目を閉じる。


しかし、いつまで経っても躯が地面にぶつかる衝撃がこない。
その事に疑念を覚えて、そろそろと目を開けた。そこには、男の顔。
「駄目だぜ、子供がこんな時間にこんな所歩いてたら」
長い髪が揺れている。よく見れば、自分はその男に抱えられて木の上にいるらしい。
「俺は慶次ってんだ。家は何処だい?俺が連れてってやるよ」
にっこり笑った男は少年を下ろして、太い枝に腰掛けさせてくれた。いまだ声を発さない少年の顔を覗きこんでくる。
「…アンタ」
ようやく声を出した事に慶次は少し安堵したようだ。しかし、彼は続く言葉に息を呑む。
「…天狗だよな」
「…どうしてそう思うんだ?」
核心を突いた発言に、驚きを隠して問い返してくる。
「普通の人間は、そんなに山の匂いはしないだろ」
「…匂い?」
やっぱり、天狗か。木霊と迷ったけれど。
「コウリに行きたいんだ。アンタなら、知ってんじゃないか」
俺は、その天狗に尋ねていた。天狗は困ったように笑った。



ついて来い。
天狗はそう言った。だから黙ってついて行く。先程まで歩いていた道と同じような道を進む。しかし、違うのは。
(匂いが近付いてる…)
この山に入ってから感じていた匂いが濃くなっている。例えるならば、太陽の匂い。
「目、つぶって」
慶次の指示に視界を閉ざす。耳元で、しゃんっと鈴がなった。



始まり