「毛利の旦那」
毛利元就は呼び止められて、振り返った。同時に飛んでくる、何か。
ぎりぎりの所でキャッチしたそれは黄緑のリボンで包まれた白い箱で。
「…なんだ、これは」
「んー?ガトーショコラ」
「そうではない」
どうして我にガトーショコラを渡すのだ。
問えば、にっこりと笑われた。
「だってホワイトデーじゃん。3倍返しにしてあるよ。体積的には」
「…ああ、そんな行事もあったか」
そういえばバレンタインデーに義理チョコをあげた記憶があるような。つまり、これはお返しと見るべきか。
「あっはー。相変わらず行事に無関心だねぇ」
「この国に行事が多すぎるのだ」
「責任転嫁ー」
「黙れ」
しばらくそんな会話をしてから猿飛は去って行った。何の気無しにその背を見ていたら、彼が振り返った。
「そーだ。ナリちゃんの事、鬼の旦那が探してたよ」
「元親が?」
「うん。じゃあまた明日」
大きく手を振って、今度こそ去って行く。
「…騒がしい奴だ」
呟きを残して、元就もその場を離れた。


元親を探すため、彼の教室を覗き込んだ。そこには前田慶次と話している元親の姿。ちょうど元就に対して背中を向けているので、こちらに気付いた様子もない。こちらに気付いて、声をあげようとする慶次を、人差し指を口の前に立てて黙らせる。足を止めて、振りかぶる。
「ちょっ…!!」
意図に感づいた慶次が声を上げる。だが、遅い。それは綺麗な直線を描いて(曲線ではない)、元親の頭にぶつかった。
「いてぇっ!!?」
「元親!!」
後頭部を抑えて机に突っ伏す元親と、床に転がった飛来物を拾い上げる慶次を尻目に元就は教室を出た。

「ああもう。元親、大丈夫?」
元就が去った教室で、慶次は未だに頭を抑えている元親に尋ねる。
「……おう」
何とか返事をしているが、相当に痛かったのだろう。顔を上げた拍子に見えた右目が潤んでいる。
「もー、元就ってばどうしたんだろ」
突然来て攻撃して去って行くなんて、まるでテロリストだ。
「…元就?」
「元親って、その単語への反応速度、素晴らしいよね」
まあ、自分の場合は「半兵衛」なだけの違いだが。
「はい、ナリちゃんから」
そう言いながら、先程の飛来物を元親に差し出す。小さな消しゴム。これを直線で投げるなんて良い肩してるよ。…前世は戦国武将だったからか。
「…慶次ごめん」
それだけ呟いて、鞄を引っつかんで元親は立ち上がる。慶次はひらひらと手を振る。
「んー。じゃまた明日」
恋って良い物だねぇ、と心中で呟きながら。

馬鹿みたいだ。探してたって聞いて、期待して。でも、教室で前田と話してて。まったく我に気付かなくて。どうせ猿飛がからかったんだ。きっとそうだ。
「…嫌いだ」
「誰が?」
「………」
元親の声。でも答えない。体育座りの膝の間に頬を埋めたまま元就は唇をへの字にした。背中のフェンスが冷たい。
「悪かったって」
謝ってくる元親の顔は、見えない。無理に顔を合わせるのが嫌いな事が分かっているからだ。
「…猿飛から、お前が我を探していたと聞いた」
「……ああ」
「なのに貴様はのんびりと前田と話しておった」
「……そうだな」
「………」
膝に頬を埋めたまま黙り込む。屋上を風が吹き抜ける。
「だけどさ、教室にいたら絶対に元就来てくれるだろ」
今日は入れ違いにはなりたくなかったから、さ。
呟きと共に、頭の上に何かが乗る。のろのろと手を伸ばして触ると、固い感触。そのままその手で取ってみる。箱。だけど外装の割に軽い。
「プレゼント」
元親の声が降ってくる。
「今日、誕生日だろ」
小さな可愛らしい箱。開ければ銀色。
「ネックレス…?」
「そう。指輪とかよりも使いやすいからな」
頭の上に違和感。どうも元親の手の平が乗っているらしい。
「俺はお前の誕生日を忘れたりしないから」
たとえお前が忘れても。ずっと覚えててやるから。ずっと祝ってやるから。
視界が歪んだ。顔を見られたくなくて、更に俯く。
親にも今まで祝って貰えたことなんてなかった。だから誕生日なんて忘れた。でも
「Happy Birthday.元就」
ああ、今幸せだ。

Good bye,my sadness!!
(哀しみよ、さようなら!!)


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元就Birthday小説。