「じゃあ、一丁お手合わせ願いますかっ」
慶次が髪留めの羽根飾りを一枚引き抜く。大きな羽根は一瞬で柄の長い大刀に変化した。刃の白銀と柄の紅蓮が、昼の光に映える。
「ふむ、天狗の名は偽りではないようだな」
元就と名乗った狐が薄く笑みを浮かべる。ぞくりと蘭丸の背筋が粟立った。
「慶次、右!」
佐助の声が飛ぶ。瞬く間に距離を詰めた狐が慶次の顔面に手の平を突き付ける。
昼の陽光よりも強い光がその手の平から漏れたのが蘭丸からも見えた。
「焼け焦げよ」
視界の端で火の粉が舞う。
慶次は躱したようだ。焔を放って無防備になった狐に刃を向けている。
「躱したか」
狐が後ろに跳躍して、慶次の振り下ろした刃を避ける。佐助が呟く声が聞こえた。
「火の妖か…。なら」
蘭丸の横で佐助が幾つかの印を結ぶ。慶次が刃を振りかざすのが見えた。狐はまた隙のない動作でその攻撃を躱す。そして離れた位置で、佐助に向けて腕を突き出した。佐助が叫んだのはほぼ同時だった。
「滾々たれ!」
「斜陽よ」
佐助の放った光と狐の放った光がぶつかる。一瞬だけ鬩ぎ合い、閃光を残して二つ共が消失した。
「くそ…っ。淙々たれ!」
「無駄ぞ」
佐助がもう一度放った術が空中で霧散する。狐は手を振っただけだ。
隙を付いて蘭丸と慶次が攻撃を仕掛ける。慶次は大刀で。蘭丸はその鋭い牙と爪で。
「脆いわ」
狐の周りを光が舞う。例えるなら、蛍のように。
「滅びよ」
吹っ飛ばされた。






木にたたき付けられて、一瞬息が止まる。げほげほと咳込んでいると、もう一度視界の端に光があふれた。やばい、と思うものの、足が動かない。
「其は璧にして壁」
佐助の声が妙にはっきりと耳に届いた。きぃぃいん、と耳鳴りに似た音が響く。"何か"が蘭丸の目の前に現れた。不可視の何かは、飛来した光球を飲み込んで消える。
「……何が、」
何が起きたのか。蘭丸は目を白黒させる。駆け寄ってくる佐助の姿がその視界に入る。
「おちび、無事っ?」
その翠だったはずの瞳が、蒼みがかった色になっていて。息を呑む。
「…あーあ。こーいうの好きじゃないんだけどな」
溜め息をつきながら、不可視の壁の向こう側の狐に目を向ける。恐らくその瞳はさっき見たような青緑色なのだろう。
「さあ狐さん。お仕置きの時間だよ」
茶色の髪が陽光に照らされて橙に輝いた。





青緑