長曾我部元親は、毛利元就を訪ねて安芸の地を踏んでいた。四国と中国は同盟を結んでいるので、特に気兼ねする事もない。
土産の菓子折りを手に、元親は彼のいる郡山城へ向かった。




四国と中国の連合軍が豊臣と争う事は珍しい事ではなかった。二兵衛の一人である竹中半兵衛が没して後も勢力を保った豊臣と。それに下る事を良しとしない四国中国。その後、豊臣が滅びてからも二国の関係は良好であった。関ヶ原の戦いの折には二国とも西軍を抜け東軍に味方した。そして天下分け目の戦いの後も二国は同盟を破る事はなかった。


先日、毛利の領土で一揆が起こった。当初予測していたよりも数が多く、毛利側は苦戦した。しかし領主の元就が参戦する事で、一揆はすぐに鎮圧される。農民が要求した年貢の引き下げに、元就が応じた為である。
だが、毛利側は被害を受けた。元就が、彼の事を疑った農民によって攻撃されたのだ。最初から和議を結ぶ為に参戦した元就は、薄い鎧しか身につけておらず、その鍬は元就の肩を切り裂いた。
酷い怪我だったらしい。なんとか面会を許されたのは昨日。しかし肩の疵は消えず、利き手は一生使い物にならない。当主がそのような状態にある為か、郡山城はどことなく空気が澱んでいた。




「元就、起きてるか?」
閑散とした郡山城で、最初に会った男に尋ねる。そこそこ名のある者なのだろう。高くはないが、仕立ての良い胸当てを装着していた。腰に佩いた刀は、手入れが行き届いている事が鞘の上からも確認できた。
「毛利様ですか?
…さあ。お会いしていないので少々分かりかねます」
そう言って微かに男は笑う。彼は頭を下げて立ち去った。
その場に残された元親はどうしようかと考え込んだ。
「まあ元就の部屋は分かるし。寝てたら、起きるまで邪魔させてもらおうか」
しばらくして、結論を出す。ここが、他人の城である事を忘れているかのような大声で。だがそれを咎める者は、此処にはいなかった。




君主にはあるまじき、外れの小さな部屋。そこに元就は寝ていた。
「…寝てるだけだよな」
思わず確認して、元親は溜め息をつく。平素から白い元就の肌は、血の気を失って青みがかっていて。血の滲んだ包帯が、死に装束を彷彿とさせた。昏々と眠る元就の傍らに腰を下ろす。
「"日車"、無駄にならねぇと良いけどな」
土産の菓子折りを見て、呟く。日輪を追い続ける花の名が付けられた、明るい黄色の菓子。元就が好きだろうと検討をつけて老舗の名店で買ってきた物だ。思わず笑みを浮かべてしまう。
元就の事だ。利き手が使えなくなろうとも、甘えたり、泣いたりはしないのだろう。それに、苦しみをわからない人間の言葉を、彼は嫌がるだろうから。だから慰めの言葉ではなくて、分かち合える菓子を持ってきた。
「早く起きろ。菓子、持ってきたぞ」
眠る元就の横で元親は囁いた。