4政宗創世→半兵衛ドラマルート

ふと目を開いた。その行為で三成は今まで自分が眠っていたことに気付く。
「目が覚めたかい、三成くん」
男に使うのも失礼だが、たおやかな響きを持つ声が耳に届く。声の主に思い至るがいなや三成は身体を起こそうとした。が、横から飛び込んできた何かによって阻害される。
「だめっスよ、三成様!」
肩を押されて、布団に逆戻りだ。手加減されているとはいえ、左近の力は怪我人にはつらいものがある。顔をしかめながら、佳人に顔を向けて寝転がることにした。
「無様な姿を晒すことをご容赦ください、半兵衛様」
白い髪を揺らして、竹中半兵衛は構わないよ、と微笑んだ。

「君がそこまでやられるなんて珍しいこともあるものだね」
申し訳ありません、と左近と声を揃える。左近が三成の助けよりも柴田勝家との戦いを優先したことを、自分は間違ってたとは思わないが、それは結果論に過ぎない。もし三成が命を落としていたならば、左近は詫びることすらできない体になっていたのかも知れないのだ。
「幸いにして大谷君も、上田の幸村君も大事ないようだ」
ただ、と言葉が続く。
「大谷君はもう参戦できないだろう。匙からの指示だ」

地位のある病人が多い豊臣軍では、治療役となる匙はかなりの権威を持っている。その匙からの指示には従わざるをえない。
「考えたナァ賢人」
「なんの事だい?」
食えぬ笑みを浮かべて目の前の軍師は茶をすする。誤魔化すでないと呟き、自分も茶に手を伸ばす。
「匙から戦に出ぬよう言われたのはお主もであろ」
「どうだろうね」
目の前のはかなき姿の賢人は、身に病を抱えている。自分の病のように簡単に目に映るものではないが、不治の病である。労咳と呼ばれるそれは、確実に賢人の命を削っていた。
「秀吉は、ね」
目の前の賢人が手の内の湯呑みを見つめながら言葉を紡ぐ。彼にしては珍しく、言葉を選んでいるようだ。
「きっと僕が死んだら、向かう所敵は無いさ。今の彼の足を引っ張っているのは、他でもない僕なんだから」
そんなことはなかろ、と口を挟みかけて言い澱む。愛は要らないと口にする彼の横、右に立つこの男は太閤にとっての友愛だ。軍師としての能力が突出しているため気付くものはいないが、かの王の矛盾として存在している。
「僕がいなくなったら君はまた戦に出れるだろう。いや、出さざるを得ない」
豊臣には軍師は不可欠だ、と続く。黒田官兵衛がいない今、豊臣の有力な軍師は半兵衛と自分だけだ。
「三成くんあたりは適当に言いくるめれば良い。君の言葉なら聞くだろう」
そう言って一人でくすくすと笑う。死の迫る白い面立ちは、凄絶なまでの狂気を醸し出している。
死出の道を辿る彼は、これからなにを見るのだろうか。
傍らで見届けられないことを少しだけ惜しんだ。

竹中半兵衛が佐和山に討ち入ったのはそのしばらく後だ。三成は適当に言いくるめて、戦場で彼を待った。
「そこを通してくれないかな大谷くん」
かねてより白かった肌は白を通りすぎて青みがかっており、やつれた顔立ちと相まって壮絶なまでの凄みを放っていた。
怒りで我を失っている三成以外の人間ならば気付くであろう。彼はもう死に瀕している。
ここまでの道のりでさしたる傷を負っていないのも当然に思えた。多くの兵が左近のように道を譲ってしまったのだろう。
そして自分も。
「賢人よ一つだけ問いたい。今何が見えている?」
去りゆく佳人に言葉を投げる。意外にも答えは返ってきた。
「決まっているじゃないか」
僕は今も昔も豊臣の未来しか見てはいないよ。
月の綺麗な夜だった。

八重毒矯み

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八重どくだみ。花言葉は自己犠牲、白い追憶