「光色さんは好きよ」
市はそう呟いた。光色をした彼は、悲しそうに笑うだけだ。
「貴方のそばにいれば、きっと市もきらきらした光に消えて行けそうな気がするの」
ねえ、そうでしょう。良いでしょう。
その頃はそんな夢に溺れていたのだ。

「そんな」
まさか市のせいで、こんなことになるなんて。
「仕方なかったんだ、お市殿」
光色さんはそう笑う。市のせいでたくさんの友達を失って、今まさに絶望の淵にいるというのに。
「全部、市のせいなのね…」
遥かに見える絶望を黄泉還らせたのは、市だ。日は傷つき、月は行方も知れない。
「―――さま、」
絶望の血を流す娘は、思い出せぬ名にすがる。

『素晴らしい世界だろう、市』
この美しい景色を、世界を守るために剣を振るうのだと、彼は言っていた。
『正義とはそういうものだ』
決められた歩数で決められた通りに歩けば、確かに人生は安穏としているだろう。
流されないことが正義だと彼は言う。
『流されては、いけないの?』
『間違ってはいない。だが私は、守れなかったことを後悔したくないだけだ』

「市に何ができるのかしら」
意識を失った光色を捨て置き、単身歩を進める。
「にいさまには誰もかなわないわ。市が敵うわけがないわ」
それでも。
「ねえにいさま、」
市には正義がわかるのよ。わかったのよ。

あの綺羅綺羅しい光のそばにいたい気持ちは捨てたわけではない。
だが背を向けて幸せだけを追うことは、逃げ続けることはできないのだと。
知ってしまったから。
思い出してしまったから。

傷だらけの体で、兄と共に闇へと沈む。黄泉へと続く道へ。
最期にこの世の景色を見るために目を開いた。
おどろおどろしい紅き月はとうに消え、地平に太陽の端が見え隠れしている。黄色い波が夜の帳を押しのけようとしている、まさにその瞬間の景色を。
「ながまささま、」
これで良かったんだよね。貴方のようには強くなれなかったけど、私は後悔していない。これが正義でしょう?

優しい声が聞こえた気がした。

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music:「清く正しく/鏡音リン」