広場には血の臭いと熱気が溢れていた。
柵の向こうで並ぶ黒装束の人々は、決意と悲壮をない交ぜにした表情を浮かべている。
そのなかに自らの主の姿を見出だし、立花は嗚咽をこらえた。

外つ国の宗教は悪である、と。布教する者は悪である、と。信じる人間は悪である、と。
覇者がそう言ったそうだ。その一言が布れとなり、外つ国の教えは排除された。
心の支えとなっていたものを奪われることに対し、当然人々は反発した。
それを耳にしたお上がしたことは、武力による抑圧。強制的に宗教家を炙り出し、処罰をくだしていった。
そして火の手は海を越えて、この土地にもやって来たのだ。
「『直ちに布教を取り止めるように』だそうですね、まったく成り上がりが偉そうに」
主はそう言ってせせら笑った。豊臣に下った身である以上、その命には逆らえないはずなのだが。
「取り敢えず」
主はせせら笑ったその口で呟いた。
「ギャロップ、この城から出ていきなさい」
「…失礼ながら、どういった意味でしょうか」
問い返す自分に対して、変わらず主は微笑んでいる。
「お前は以前から布教も熱心ではありませんでしたし、いい加減愛想がつきました。今すぐにこの城から出ていきなさい」
笑顔のまま淡々と告げられる。主の意図がわからず、一瞬言葉を失った。
「僕はまた布教に赴きますが、不信心者が参るのも失礼でしょう。お前は来なくて良いですよ」
寧ろ来るな、と主は言う。ですが、と連ねようとした眼前で主が立ち上がる。
「聞こえなかったのですか、立花。今すぐにこの城から出ていきなさい」
鋭い音を立てて目の前で襖が閉じられた。

主の真意を図りかねた立花は取り敢えず命に従い、城を去り久方ぶりに屋敷に戻った。
屋敷には煩い聖歌も五月蝿い主もなく、うるさいのはいつの間にか戻っていた奥の小言くらいしかない静かな生活を久々に味わうことになった。
なぜかそんな環境を物足りないと感じながら、記号ではない文字を眺める。物音はさやさやとなる葉の音ばかり。
しかし
「立花殿、火急の知らせにござります!」
門扉を叩く音と叫び声が静けさを打ち破った。

外つ国の教えは悪である。よって其れを人々に伝える行為も悪である。
覇王の布れを簡潔に言えばそういったことであった。

丘まで上がってきた一団を呆然として眺める。
異国の聖服を身につけた三十人ばかりの集団は、手首に荒縄を巻かれまるで罪人のように市中を歩かされたのだ。
(否、実際に罪人であるのか)
布教の咎で捕らえられたのは二十六人。そのなかにはまだ廿(はたち)に満たない物もいる。
一本の荒縄により引き立てられた一捻りは横一列で、大きな蓙の前に立たされた。
(あのうえで首を落とされるのだ)
黒い服黒い髪の中で一際目立つ金色の頭を見つめて、立花はいつも通り心のなかで嘆いた。処刑人が刀を下げて現れる。形ばかりの十字を切り、蓙の近くに立った。これから首を切られるのだ、という悲壮感に似た緊張感が生まれる。
最初の一人が蓙に膝を付く。神の御名を唱えながら。刀が下ろされ、地に赤が流れていった。
柵の奥で広がる景色に、立花の周りの人々も嗚咽を漏らした。さもありなん、彼らにとって宗教は支えなのだ。その中心である人々の処刑は、支えが失われるに等しい。
(神は、彼らの命を救うのだろうか)
思わず下らぬことを考えてしまう。今でなくとも彼らの命を掬い上げ、天国とやらに連れていってはくれないだろうか。
命が消えた体の片付けが終わり、また処刑が始まる。
「   」
歌が聞こえた。

聖歌は一人から瞬く間に広がり、柵の中の聖人に、そして柵の外の民衆へと伝播した。
神よ、神よと歌う声は決して大きくはないのに、荘厳な響きをもって心を奮わせる。神という心の支えを取り返すに充分な囁きだ。
処刑に向かう足取りさえ軽くさせ、まるで巡礼に赴くかのように笑みを浮かべる信者たち。信仰は彼らを、彼らの心を救う。
これは罪人の処刑にあらず。我らは神の身許に赴くのです。
最後の一人になってしまった立花の主は、いつも通りの笑みとともに命を散らしていった。

いずれ辿りつく楽園に

title:さなせそ