生まれた頃から影が薄かったらしい。それについては全く覚えてはいないが、物心ついた頃から他人に気付かれない子供だった。花一匁でも、大縄跳びでも。
精一杯に主張しないと気付いてもらえず、そのうちに疲れて声をあげるのを止めてしまった。




「臆病なんだよな、お前は」
キャプテンはそう言った。
「誰からも見えないなら、他人の目なんか気にしなくて良いだろ。それでもお前は他人を気にしてる。他人の視線を気にしてる」
首を鳴らす。両の手でボールを構える。
「そこにお前はいないはずなのに、酷く他人の視界を怖がって」
放たれたボールは狙いを過たず、ネットに飛び込んだ。
「お前は、他人から見えないんじゃなくて、他人から見られたくないだけじゃないのか」
とんとんとん。跳ねたボールが転がる。離れていく。






「俺は見えるから仕方がないけど、お前は見なくても大丈夫だろ。他人から見られていないんだから」
鷹の目を持つ少年はそう言った。
「確かに生まれつき影が薄いんだろうな。でもそれ以上に、消えたいと心のどっかで思ってるから、他人から見えないんじゃねえの」
喉を鳴らして飲み干されるおしるこ。甘、と眉を寄せて、また口を開く。
「病は気から、なんて言うけどさ、お前のそれも病なんじゃねーか?」
残っていたらしい小豆が底に落ちる音。ぼとぼと、ぽとん。
「見つけて欲しいのか、欲しくないのか。自分ですらわかってないんだから、他人には尚更わからねえよ」
缶の表面を茶色がかった液体が伝った。




「要は、異質なものが厭なのだろう」
世界も、お前自身も。
中学時代を共に過ごした仲間はそう呟いた。
「世界というのは言い過ぎかもしれないが、お前という存在はある意味世界の反映なのだよ」
あることが当たり前。いることが当たり前。何を取っても平均で、世界に何も干渉できない。
つまりは影なのだと。
「自分が異質であるとわかっているからこそ、出来る限り世界に干渉しない。そうして消えて、影になる」
見つけられないように。見つからないように。
息を潜めて、世界から追われないように。
「世界に影響を与えるものが光ならば、与えないものは影だろう。何故なら影は、ないものだからだ」
地球の光は太陽から与えられる。太陽がないならば、闇しかない。だがそれは影ではない。
ラッキーアイテムの兎の縫いぐるみ。ボタンビーズのつぶらな瞳が無垢に光を跳ね返す。
「『初めに光ありき』。光が出来て、その付属として影が生まれた。光がなければ闇だけだ。だが影は光がなければ存在できない」
光を物体が遮光して出来るものが影ならば、光がないなら影はない。光がなければ影ではない。
「結局お前は闇にはなれないのだよ」
強くなれない。一人になれない。






小さい頃から影踏みと鬼ごっこの違いがわからなかった。どちらも影を触れば良いのではないか。
「一度として踏まれたことも触られたこともありませんけど」
影そのものの影の薄さでもって、気づかれることはなかった。
「勝ちもしませんでしたし、負けもしませんでした。価値のない遊びでしかなかったんです、僕にとっては」
自分自身が影であるにも関わらず、影が薄い。
そんな矛盾を孕んだまま、影は育ってしまった。後戻りはできない。
「もしやり直せたとしても、闇にはなれないのでしょうけど」
たとえ戻れても、一人にはなれない。独りにはなれない。
彼が口を開く。
よくわかんないけど、一人になれないなら、誰かといれば良いだろ。
「いつか見捨てられるとしてもですか」
たった一度の決別は、一度しかないからこそ自分の心に深く疵を遺した。
彼は笑う。
少なくとも、俺は








ふたつ文字、牛の角文字、直ぐな文字、歪み文字とぞ君は覚ゆる




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めんどくさい黒子のはなし。
高尾くんと対になってたらいいな。