高尾の母親と父親は、仲が良くなかった。 だからといって仲が悪いわけでもなく、最低限より少し多い量の会話をする程度の仲であった。ただ、些細なことで良く喧嘩をしていた。 そんな二人の間に生まれた高尾和成は、幼い頃から顔色を窺って生きる子供だった。 幼稚園に入って、我が儘を言う事を覚えた。 しかし、その我が儘も大した物ではなく、手間のかからない子供だとして認識されていた。親にも、手がかからなくて良い子だとよく言われた。 小学生になって、他人と合わせることを学んだ。 その頃になると、高尾の物分かりの良さは際立っていて、周囲から浮いていた。それに気付かれるよりも先に、高尾は周囲に溶け込んでいた。 中学生になって、諦めることを知った。 中学に入ってから始めたバスケットボールで、高尾はレギュラー入りを果たした。だが、高尾のホークアイを生かしたパス回しに、対応できる選手がいなかった。 いくらパスを回しても、受け取ってもらえない。本気でプレイをしても、味方が追い付かない。 そこで味方を無視できれば、何か変わっていたかもしれない。 それでも、高尾の十年以上に渡って養われた協調性は、それを赦さなかった。 結局中学校三年間で、高尾が本気になれたものは無かった。 高校生になったら、本気でバスケができるような学校に入りたかった。 進路希望調査用紙に、秀徳と書いて提出すると教師に驚かれた。当時の高尾の成績では、到底入れないような学校だったからだ。 高尾の成績は周囲との和を乱さないために、平均点を狙った結果だったため、本来の学力はかなり高かったのではあるが。 そんなこんなで、入学試験を難無く突破し、念願の強豪バスケ部に入部した。 そこで、緑間慎太郎と出会った。 高尾がいたバスケ部は、地区大会で毎回初戦敗退するようなところだったから、当然帝光と顔を合わせたことは無かった。 雑誌の特集で見たときに、ひどく羨んだことを覚えている。 本気でプレイできるような仲間がいる環境に。 圧巻だった。 テレビや雑誌で見たよりもずっと、鮮やかな歪みのないフォーム。緩やかな曲線を描いて、ゴールネットをくぐり抜けるボール。 一寸の迷いも無い、自信や過信と言うよりも、確信の表情。自分の力を的確に把握している、絶対の力。 ああ、きっとコイツとバスケが出来たら、楽しいだろう。 高尾和成の時間はその時から動き出した。 体格に恵まれず、それを覆すような圧倒的な才覚を持ったわけでもない。 ただ、高尾和成にはホークアイがあった。 的確に味方にボールを渡す能力。敵の動きを見透かす能力。 「まるでお前の性格みたいな力だな」 キャプテンは、かつてそう言った。 「他人との距離を測ってばかりで、他人の感情を推し量ってばかりで」 構えて、撃つ。 跳んだボールは、迷うことなくネットに飛び込んだ。 「結局誰とも親しくできない」 バッシュの奏でるスキール音がやけに響いた。 「高尾君は臆病なんですよ」 見えない少年はそう言った。 「全部見えてしまうから、他人の憎悪や拒絶が怖いんでしょう。だから距離を保って、誰からも憎まれない関係にあろうとする」 そこで彼は言葉を区切る。机上にあったバニラシェイクを啜る。 「緑間君は他人の目を気にしません。まあそんな性格でないと、あんな物を持ち歩く事は出来ないと思いますが」 溜め息を一つ。 「僕と高尾君が平行線だとするなら、高尾君と緑間君は歪みの位置でしょうね」 ゆがみ。同じ面に属さない、二本の線。交わらない。3D。 「高尾君は悪くありません。環境とは、自分では簡単には変えられないものです」 人間観察が趣味の、影の薄い少年は見透かしたように言う。 「それでも、自分以外の物を切り捨てられないのは、美徳とは言えませんよ」 「ようは考えすぎなんだろ、お前も黒子も緑間も」 奇跡と並ぼうとしている彼はそう言った。 「誰とでも仲良くできるとか言っても、わざわざ嫌いな奴とつるまないだろ」 がぶり。大きな口にジャンクフードが消える。 「複雑に考えるのは確かに良いことかもしんねー。だけど、それでがんじがらめになっちまったら、元も子もないだろ」 安っぽいパンと肉の固まりが山から消えていく。 「何でもかんでも3Dにすりゃあ良いって話じゃねえし。平面の方が簡単だし理解しやすいんじゃねえの」 最後のハンバーガーがなくなった。 「平面しか見えない俺から見れば、お前と緑間は目茶苦茶仲が良く見えるけどな」 立ち上がる。倒れる椅子。 がたん。 「真ちゃん」 「なんだ」 「あのね」 いつもの距離。 きっとこれは、俺のパーソナルスペース。 そこから、一歩踏み出す。 「きっと俺、真ちゃんのことが好きだ」 いとしいとしといふこころ --------- 世間では高緑が人気のようですが緑高が好きです。 夕咲の心の声がどこかにあります。ゲーム機的な意味で。 |