いつでも急いでいる。
忍足謙也は、そんな人間だった。



再会を夢に見て、僕は眠れぬ夜を越す




5歩以上の距離は走り、自転車で移動することよりも走ることを好んでいた。いつでも全力疾走で、いつでも全力投球。そんな男は、いつでも急いでいた。
食べるときも、勉強するときも、眠りにつくときでさえも。
後悔もせず、ただただ前だけを見つめているようで。
いつか転んでしまうのではないかと、財前は心中穏やかではなかった。




「なあ白石、進路調査のプリントもう出した?」
「出したで。なんでや?」
部室での彼等の会話を聞いたのは偶然だった。まあ目の前で話し始めたのだから、後ろめたさはかけらも無いが。
「いや。白石、薬剤師志望やろ? 何処にしたんかな、思うて」
「そっかお前、医者志望やもんな。俺は、普通に四天宝寺の高等部行くで。んで大学は四天宝寺以外のとこ行くわ」
「やっぱりそうなんか」
俺はどうしよ。
悩む謙也の姿を財前が見たのは、後にも先にもその時だけだ。



いつもいつでも走っていた。
だから、ブリーチされた髪をあまりはっきりと見たことはないような気がする。




あの日は暦の上では秋を迎えていたにも関わらず、暑い日だった。久しぶりに部室に顔を出した白石と謙也とともに帰路についていた。
通りかかった公園の前。横断歩道を渡ろうとする小学生。突っ込んでくるトラック。目を閉じた運転手。
全員が気付いた。
ただ、誰も動けなかった。
白石も。財前も。金太郎でさえも。
たった一人、忍足謙也を除いては。

あっという間にトップスピードに乗った少年が、横断歩道に駆け込む。小学生を反対側の歩道に突き飛ばして。
激しいブレーキ音。
赤。




葬式は賑やかだったように思う。しけたツラしてたら、嫌がるだろうから。
笑って。作り笑いでも。笑って。そのうちに泣き笑いになって。泣いて。
喪失感に胸が痛んだ。今まで温かかった、何処かが虚ろになってしまったかのように、心に冷たい風が吹いていた。





放送室には千歳の白い曼珠沙華があった。部内のロッカーには金太郎の向日葵があった。教室の机には白石の白菊があった。下駄箱には銀の松虫草があった。
確かに謙也はいたのだと、刻み付けるように。想い出の場所に花を置いて。
「謙也さんには、曼珠沙華と区別つかんのやないですか?」
わからないだろう。彼には。
白い白い華。
艶やかに光を跳ね返す、ダイヤモンドを冠した異名をもつ華。
ベンチの青いプラスチックの上で、白がきらきらと輝く。
コートの端の、彼がいつもいた場所。
ただ、白い華が風に揺れていた。






ネリネの花言葉:また会う日まで


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秋月さんの企画「花言葉」に勝手に提出。
秋月さんの、ほのぼの系光謙不足を補ってあげようとしたら、何故かこうなった。

秋月さんの素敵サイト
No U turn