ありきたりな話をしよう。






何百年も昔の事だ。
俺は汚い仕事を生業にしていた。決して正攻法とは言えない手段で、人の命を奪う仕事を。
いつでも手は血で汚れ、懐には武器を隠し持っていた。ぎらぎらとした目は闇と血しか見ていなかった。
殺して殺して殺して。
「そなた、名は」
そんな俺を暗闇から拾い上げてくれたのは、あの人だった。名がない俺に、名を与えてくれたのも、あの人だった。
しかし暗闇に生きる俺には眩しすぎるくらいに煌々と輝く焔を秘めた瞳は、俺を惨めにさせた。



俺は卑怯に人を殺していた。そんな俺の主は、俺の所業を知らぬままに、俺を傍らに置こうとした。全て彼の無垢と無知とが悪いと言い訳をしてみる。
それはあながち間違いではなくて、だがある意味では間違っていた。
悪いのは俺か。
それとも主か。



穢れた自分が厭だった。だがそれにも増して、美しい主を嫌うこの身が厭だった。
「ごめんなさい」
さあ、俺は誰に対して謝っていたのだろうか。



あまりに綺麗な物は怖い。自分が汚い事が露呈してしまいそうだから。小動物のきらきら輝く瞳や、びいどろの飾り玉。砕いて千切ってしまいたくなる。
だが、主は綺麗で、おまけに強かった。否、強いから綺麗だったのかもしれない。よくわからないけど。
壊したくて堪らないのに、俺の力では壊せなかった。
その毅(つよ)さに、また苛立った。









真っ白な紙に筆を滑らせて文字を描く。墨はじわりと白を滲ませ、染み込む。

貴方の所為で、私は汚くなって仕舞いました。
貴方の所為で、私は苦しみを知って仕舞いました。
貴方の所為で、私は死んで仕舞いました。
貴方の所為で、私は壊れて仕舞いました。
貴方の所為で、

大嫌いです。大嫌いです。大嫌いです。大嫌いです。

憎んでいます。
貴方と出逢いたくなんてありませんでした。

呪詛は紙に散らばり、黒々とした文字となって染み込んだ。
その紙を封筒に投げ込んだ。





一通の封筒が届いた。宛名とこちらの住所だけが書かれた、差出人不明の封筒。開ければ、墨で文字が綴られた半紙が現れた。癖のない事が癖のような、黒い文字。

貴方の御蔭で、私は綺麗なものを知りました。
貴方の御蔭で、私は苦しさを知れました。
貴方の御蔭で、私は生きることができました。
貴方の御蔭で、私は地獄から抜け出せました。
貴方の御蔭で、

好きでした。大好きでした。大好きでした。大好きでした。

憎んでいます。
貴方と出逢いたくなんてありませんでした。

願わくば、現世では出逢わぬよう。




天邪鬼



「Hey、猿」
「猿じゃないっての」
「お前、アイツの所行ったのか? 住所教えただろ」
「…行ってないよ」
「Why?」
「言いたかったことは伝えたし」





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暗花さまリクの「アルビノ×真田主従」でした。伊達主従から変更とのことだったので、真田主従です。一番難産だったと思う…。
暗花さまのみお持ち帰り可です。リクエストありがとうございました。