文学少女設定黒子 今日は一年生は午前中だけの授業だ。二年生は午後に一時間だけある。だから、いつもよりも長く部活が出来る。火神はノックもせずに部室に入った。 「…え」 水色の瞳と目線が交わる。僅かに開いたその薄い唇に咥えられていたのは、紛れも無い紙切れ。手元には端が千切られた文庫本。 「黒子…?」 椅子に座った水色の少年を見て、火神が最初に呟いたのは少年の名前だった。 文目もわかぬ 「美味しいんですか?」 言いながら黒子が指差したのは、だし巻き卵。黒子は相も変わらず文庫本を手にしている。 「ああ、まあまあな」 自作のだし巻き卵であるため自画自賛するわけにも行かず火神はそう答えた。黒子は、じ、と卵焼きを見る。 「食うか?」 尋ねると、悲しそうに首を振られた。 僕、味わかりませんから。 そうだった。この黒子テツヤという少年は、人間が一般的に食べる物の味が理解できない。その代わりに、彼の主食は「物語」なのだ。 今日は夢十夜を千切っては口に運んでいる。 もくもくと、黙々と、二人で肩を並べて、違う食事を口に運ぶ。 「きっとその卵は、夢十夜の第一夜のような、甘くてほんのり苦い味がするんでしょうね」 呟かれた黒子の言葉が宙を漂った。 学びて思わざれば 「黒子っちー!! コレ今度、俺が主演する映画の小説なんスよー。プレゼントっス」 「はぁ、ありがとうございます」 溜め息をつきながら黒子が受け取っていたのは、薄い桃色の表紙の文庫本。帯に書かれた絶対泣けるという文字が痛々しい。裏表紙の粗筋に目を通して、黒子はもう一度溜め息をつく。 「お返しします」 少しの心苦しさをも見せず、黄瀬に薄桃色を突っ返した。 「なんでっスか!?」 オーバーリアクションで驚く黄瀬。黒子は平然として毒を吐いた。 「食べなくてもわかるくらいゲロ甘なものは結構です。大体、粗筋は理解しました」 「でも…!!」 火神は興味を惹かれて、黄瀬に突き付けられている文庫本を奪い取った。確かにゲロ甘な雰囲気が漂っている。 「恐らく、幸せな二人のどっちかが事故か病気かで死んじゃって、残された片方が色々後悔したりして、結局一人で生きようって話でしょう」 「なんでわかるんスか!?」 いやいや、大体はタイトルから予測できるだろう。火神は心中で呟いた。因みに火神の手にしている文庫本のタイトルは、「あなたがいなくても生きていく」。確かにゲロ甘っぽい。 ところで、この映画で死ぬのは黄瀬なのだろうか。黄瀬が死ぬ映画なら見てみたい気がした。 少壮幾時ぞ 泣き続ける黒子が口に運んでいるのは、人間失格だった。ほろほろと涙を流すだけの泣き方で、嗚咽もあげずに千切った頁を口に含む。咀嚼して、眉を寄せて、飲み込んで、眉を寄せて、また千切って。そんな悪循環にしか見えない行為を、延々と繰り返している。 何か厭な事があったんだな、と理解した火神は、とりあえず横に座っていた。 年寒くして 「味が理解できないんなら、どーしてバニラシェイクが好きなんだ?」 バニラシェイクを啜る黒子に問い掛けると、きょとんとした後に答えてくれた。 「味覚はありませんけど、触覚ならあるので」 味はわからなくても、冷たいのはわかるんです。 「少しだけ、ですけど。他の人と同じ物を味わってる気がするんです」 その笑みがどこか淋しく見えたのは、恐らく火神の気の所為ではないだろう。 とありかかり 「国語の授業とか、腹減らねえの?」 「……はい?」 今日も黒子は口に文庫本の切れ端を運んでいた。もくもくと咀嚼して飲み込み、火神の質問に備える。 「だから教科書見てて、お前腹減らねーのかってコト」 「ああ、そういう事ですか」 つまり火神はご飯に囲まれた環境で、空腹を覚えたりはしないのか、と言いたいのだろう。 「…教科書の小説とか評論とかって、大体編集されてるんですよ」 黒子の言葉の意図が掴めずに火神は頭を捻る。 「つまりカツがないカツ丼に食欲は湧かないでしょう?」 何と無くは理解した。 「こころが『先生とK』の一部分しか載っていなかった時には、吐き気すら覚えました」 意外と色々あるらしい。 恋の初風 文学少年と恋 ------ 文学少女設定で黒子。一巻読み直したら、黒子が「それから」読んでたのでカッとなって。 |