沈みかけた太陽が綺羅星の如き輝きを暗幕に零す。夜の帳に包まれようとしている街は、点々と街灯の光が点っていく。
もっと闇を!
そうでなければ、あなたの時間は訪れない。愛しきあなたの支配する時間は。
さあ愚民共よ、狂喜せよ!
我等が王の饗宴ぞ!






深夜になると、街の明かりが疎らなものになる。一歩路地裏に入り込めば、闇を妨げるものはない。
闇を妨げるものはない。
「―――っ!!」
悲鳴をあげようとしたソレの口を塞ぎ、晒された首筋に牙を突き立てる。溢れ出す赤い血液。心臓から送り込まれたその液体を口に含み、嚥下する。甘い。
急激に血液を失った事で気を失ったソレから、存分に血を拝借する。ソレが干からびるまで。
「…またやってるのか」
血を啜る音と嚥下する音以外の音が、暗闇に入り込んだ。紅玉の色の瞳を向ければ、見つめかえす琥珀。十月下旬だというのに漆黒のコートを羽織った男。吸血鬼の夜目は、その男が呆れたように笑っているのを確認した。
「ワシの管轄区域で人殺しはやめてほしいんだがなあ」
「知るか」
腹が減ったから食事をしただけだ。目の前の男が減俸されようが関係ない。
「出来れば、ワシの管轄外でやってくれないか、三成」
三成。それは吸血鬼の名前である。この男に"食事"の光景を目撃されて以来、この男は吸血鬼の事を馴れ馴れしく名前で呼ぶのだ。
「知るか。私は食事をしただけだ」
すげなく言い、男に背を向け去ろうとする。だが男が声を投げ掛けてきた。
「ワシにしておかないか?」
「……どういう意味だ」
よく理解できない、男の言葉に疑問をぶつける。男が笑ったのが気配でわかった。
「ワシの血を吸えば良い。そんなに沢山はやれないが、二週間に一度の"食事"よりは多くの血をやれるぞ」
黒いコートから首筋が晒される。その薄い皮を食い破れば、牙を突き立てれば、頸動脈から吹き出す熱い血が。
くちくなったはずの胃袋が疼く。腹が減った。食いたい。
理性を飲み込もうとする、真っ黒い衝動を押さえ込む。
「遠慮する。…貴様の血はまずそうだ」
楽々と屋根を跳び越え、その場を去る。後ろは振り向かなかった。





空腹を訴える胃袋を抱えて、三成は夜の街に舞い降りる。風俗店から出て来た化粧の濃い女に目をつけた。都合よく路地裏に入っていく。胸元が大きく開いた衣装と高く結い上げた髪の所為で露出した首筋が食欲をそそる。
一瞬で手の平で口を覆い、首筋に牙を突き立てる。心臓というポンプから送り込まれた、命の奔流。熱さと鉄臭さに軽い酩酊を覚えた。死骸と成り果てたそれを地面に打ち捨てる。女は見るかげもないくらいに干からびていた。
さあ食事は終わりだ。早く去らなければ、あの口煩い男がやって来てしまう。
死骸に背を向けた。否、向けようとした。
サイレンサー付きの拳銃が弾丸を吐き出す。その弾丸は狙い過たず吸血鬼の心の臓を撃ち抜いた。げぼり。吸血鬼は口の端から血を零した。先程体内に取り込んだ血ではなく、吸血鬼自身の血を。
弾丸の飛んできた方向を睨みつける。血が失われている所為か、焦点が定まらない。
「……困るなあ、三成。ワシの管轄区域で"食事"をするなんて」
いつも通りの笑顔を浮かべた男がいた。漆黒のコートが闇に溶けている。血液を失い続けている所為でその声すらもぼんやりとしている。
「殺さないとならないじゃないか。まあ」
別に良いんだが。
軽く言い放ち、男は笑みを浮かべた。吸血鬼はその笑みを歪んだ視界に捕らえた。
「…なぜ」
「うん?」
口から血と一緒にこぼれ落ちた言葉に男が反応する。笑みはまだ浮かんでいた。
「だって、ワシを見ない三成なんていらないじゃないか」
けろりと言ってのけた。琥珀の瞳はいつもと同じ色を滲ませているのだろう。
心の臓を撃ち抜いた弾丸は銀製だったのか。致命傷ではあるがすぐに死ねるほどの傷ではない。聖銀でなかったことを恨むべきか否か。ああ、だけどどうせそろそろ死ぬ。
「ワシ以外を見るなら、灰になってしまえば良い」
最期に見たのは、地面に隠れる寸前の月と、男の笑顔。






最高の殺し文句を下さい





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ハロウィン企画ー!! エクソシスト家康×吸血鬼三成。
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