病で片目を失った。否、それは正しくはない。
正しくは病で片方の視界を失った。
普段は包帯で包まれ、外の空気に触れることすらない。
その包帯が、細い指に解かれた。
「弥三郎。見るな」
懇願するように呟いたのに、彼は顔を覗き込んでくる。彼の包帯に隠されていない、青の瞳が射抜く。
「弥三郎」
もはや、弥三郎にはこちらの制止の声すら届いていないようだった。病で飛び出した醜い右目を食い入るように見つめている。
「…やさ」
「綺麗」
名前を呼ぼうとしたこちらの声を、弥三郎は遮った。そして、弥三郎が吐いたその言葉に梵天丸は驚愕する。この右目が、綺麗?
「とてもおいしそう」
その言葉の意味に梵天丸が気付く前に、弥三郎の指が伸びた。瞼と眼球の間にその白い指が入り込む。
「あああ!!」
梵天丸の悲鳴があがっても、その指は止まらない。眼球の裏側に入り込んで、容赦なく爪をたてた。ぷちぷちと神経が切れる音がした。
ころり、と赤にそまった生白い眼球が転がる。
弥三郎の指が、梵天丸の顔面を離れた。梵天丸は未だ血を流す右の虚を手の平で押さえる。
「ああ、やっぱり綺麗」
白と赤の小さな瞳を拾い上げて、弥三郎は口を開けた。そして、その眼球を躊躇う事なく口に含んだ。
まるで飴玉を舐めるかのように、幸せそうな顔で口の中で眼球を転がす。
「ふふ、やっぱりおいしい」
梵天丸は怯えた片目でそれを見ていた。
すでに弥三郎の口の周りは血に塗れ、青の瞳だけが爛々と輝いていた。

「…ねえ、梵天丸」

その続きの言葉を、覚えていない。ただ血の赤色だけを覚えている。

「西海の鬼」
「独眼竜」
二人の足元を包むのは、沢山の骸である。あるものは臓物を引きずり出され。あるものは頭蓋を完膚なきまでに叩き潰され。あるものは四肢が引きちぎられていた。
「どうして、こんなことをした」
政宗の声には隠しようのない怒りが秘められていた。周りの死骸は政宗の部下の物であった。
「なんでって…。そりゃあ」
対する元親は軽い口調で答える。血に塗れた彼が、この惨状を引き起こしたのは想像に難くない。
「お前に用があったのに、コイツらが邪魔したからだろ」
元親の足が身近な死骸を踏み付ける。その骸が、かつて竜の右目と呼ばれた人間であることに気付き、政宗が目尻を吊り上げる。
「何の用だ」
政宗が問うと、元親は哄笑した。その姿は、まさに鬼。
「脳髄と頭蓋と、残りの眼球を食べに来たんだ」
政宗の思考が停止する。
「言ったろ?梵天丸が大人になったら、貰いにいくって」
梵天丸とは政宗の幼名だ。何故コイツがその名を知っているのか。
「忘れてんのか。梵天丸」
銀色の髪に青の瞳。
「…やさ…ぶろう?」
政宗の右の目を奪った張本人は嗤う。
「ああ。久しぶり、梵天丸。んで、さよならだ」
碇を模した槍が振られる。血と脂に塗れた槍が。
「…shit!」
慌てて刀で受け止める。だが一本で碇槍を止められるはずもなく、刀は澄んだ音を残して砕け散った。刀を砕いた碇槍が政宗の体を貫いた。

ぴちゃり、ぐちゃ。
血に濡れた大地に一人の男が蹲っていた。銀色の髪が夕焼けに染まり、血のように輝いた。
「…ん、ご馳走様」
口元の血を拭いながら、その男は立ち上がった。ばきりと足元の死骸を踏み抜いたが、気にも止めていない。
「虎は喰ったし竜も喰った。次は何処に行こうかねェ」
しばらく考えていたが、男は顔をあげた。結論は出たらしい。
「よし次は魔王を喰いにいこうか。途中で軍神が喰えりゃあ御の字だ」
ごとり、と男が先程まで抱えていた何かが地面に落ちた。
深紅に染まった、青の衣。
何の感慨もなく男はそこに、その青を残して去った。

賛歌
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140413改定