「よっ元親!」
「慶次」
茶色の髪を春風に遊ばせて、慶次は笑う。
「もうそんな季節か」
「そうだよ。冬は終わったんだ」
桜の花弁を纏って、慶次は笑う。春そのものの笑顔で。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
「早いな。次は北か?」
「そう。もっともっと北へ行くんだ」
じゃあね。
薄桃の花を残して、慶次は四国を去った。

「これは慶次殿。参られたのですな」
「うん、幸村。冬が終わったのを知らせにね」
淡い匂いを纏って、慶次は笑った。
「鶯の 谷より出づる声なくは 春来ることを誰か知らまし、ですな」
「なにそれ?」
「古今和歌集にござる」
ふうん。
慶次は分からないながらに頷く。仕方ないのだ。難しいことは理解できない。
「…まるで慶次殿は春告げ鳥にございますな」
「鶯?」
ホーホケキョウ、と慶次は鳴いてみせる。風が二人の長い髪を揺らす。
「じゃあ、俺行くね」
「では」
慶次は上田を去った。

「にーちゃん。今年も来てくれただな」
「うん。春がやって来たよ」
いつきは、慶次を見上げて笑う。長い髪に薄桃の花弁がひっついている。
「綺麗だべ」
「そうだね」
桜が咲いた。白かった景色は薄桃に包まれ、あちこちで歓声が響いている。
「じゃあ、行くね」
「もう行くだか?」
「うん」
花を運んだ慶次は笑う。
春告げ人は喜びを運んだ。

「また来年」

一人、いつきは桜を見る。
「行っちまっただ」
「間に合わなかったか」
いつきが後ろを見ると、政宗が立っていた。
「咲いたな」
「咲いたべ」
ひらり。気の早い花が一つ、池に落ちる。
「桜花 散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける、だな」
「なんだべか、それ」
「古今和歌集だ」
また今年も桜が咲いた。



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慶次が桜前線だったら、な話