鶯色の狩衣に赤茶の髪。顔の半分は薄衣で覆われ、涼やかな目元以外は見えない。

それはそんな姿をしていた。





ふらりと切れ長の瞳が、警戒した体制のままの三人を捕らえた。そしてつまらなそうに、心底つまらなそうに呟いた。

「…火神の護衛か。海神のところに較べたら少ないな」

ぞくり。蘭丸は肌が粟立つ感覚を覚える。
動物的な、絶対的強者から逃れようとする本能。今すぐにでも背を向けて走り去りたいという衝動。だが背を向けた瞬間に食われると思ってしまうほどの恐怖。それらの感情が蘭丸の足を凍らせた。
逃げたい。逃げられぬ。
相反する感情がぐるぐると蘭丸の中で蜷局(とぐろ)を巻く。ざわざわと衝動と恐怖が争った。

「悪いけど、」

蘭丸の視界に影がかかる。顔を上げると慶次の背中。まだ高いところにある太陽がその背の向こうに見えた。
「火神に会いたいんなら、俺を倒してからにしてくんない?」
身体の緊張が解けた。微かな森の匂いが風に満ちる。佐助の声が横から聞こえた。
「…俺様もいるんだけどな」
知らず知らずに止めていた息を吐く。
そうだ。二人がいる。こいつを倒して、幸村様を守るんだ。
蘭丸は頭の中の声を違和感無く受け止めた。行き過ぎた忠誠心は「狗」特有のものだ。狗神の蘭丸には理解できずとも不思議なものではない。
犬歯を剥き出し、唸る。
番犬は蘭丸だ。侵入者は噛み殺す。




慶次が一歩前に出て、蘭丸と佐助がその後ろに横並びに立つ。それぞれを頂点にした三角形を描くような体形だ。背後からの攻撃にも耐えられるはずだ。即興だが、全員で横並びや縦並びよりはましだろう。
「俺は木の葉天狗の慶次。この篝山(かがりやま)の天狗だ」
慶次が「名乗り」を上げる。
この「名乗り」は妖にとって意外に重要なもので、名乗っていないままに攻撃などを行った方は勝ち負けに関わらず「低俗」と謗りを受ける。…と佐助から聞いた。だが。
「ねえ、慶次。どーして妖名(あやかしな)まで名乗ったの?」
「あ」
佐助に指摘されて慶次も気付いたらしい。確かに名乗りは重要だが、名前だけで良い。妖名まで名乗る必要はない。肩書きが無い、等の理由がなければ。
「ま、いーや」
日の下では橙に見える髪を揺らして、佐助が名乗る。
「俺様はこの社の覡(かんなぎ)。佐助」
短い付き合いでありたいけど以後よろしく。と、佐助が冷たい笑みを浮かべる。
「居候の蘭丸」
続けて蘭丸が名乗れば、青年が口を開いた。

「…九尾狐の元就ぞ」

蘭丸の耳に再び鎖が擦れるような金属音が届いた。



違和