玄関で三人で立っていると、大将が口を開いた。
「さて早速で悪いが、一緒に来てもらえるか?」
「あ、はい。大丈夫です。
何処に行くんですか?」
「あの子を迎えに行くのですよ。幼稚園に」
ああ、娘さんか。
話から察すると、娘さんは幼稚園に行っているようだ。
「せっかく家族が増えたのです。
みなで迎えに行きましょう」
わざわざ反対する理由も無く俺様は大将と軍神と一緒に車に乗り込んだ。
…何だろう、このシュールなメンバー。

着いた所には幼い声が溢れていた。
まあ、幼稚園だから当然だけど。
施設にずっといた俺様には、何だか新鮮。
自分と同じ位の子供達がこの中で遊んでるのかなあ、って少しだけ思った。
駐車場に車を置いて、建物へと向かう二人を追い掛ける。
(だって、足の長さが違うんだもん)
小走りになって、入口近くでようやく追い付く。
そこには、小さな(俺様も似たようなもんだけど)子供達がたくさんいた。
おとうさん、まだかなぁ。
おれ、ママがきたからかえるね。
さよーなら。
またあした。
俺様も捨てられなければ、今こんな風だったのかな。
もしも、なんてらしくないけど。
一瞬本気で考えた。
だから、その人に気付けなかった。
「父上、母上、参られていたのですか!!」
子供特有の澄んだ声。
俺様は、はっとしてその方向に意識を向ける。
亜麻色の柔らかそうな髪。
小さな体躯。
あどけない顔。
なによりも、意志の強さが窺えるまっすぐな瞳。
身に纏っていないにもかかわらず、連想したのは、赤。
「…旦那……」
小さくなっていようとも、俺様が旦那を見間違える事なんてありえない。
間違いない。
この子は、真田幸村だ。
そんな事に意識を持ってかれて、その子が目の前に来てたことに反応できなかった。
「新しい家族になる方でござりましょうか?父上から、お話は伺っております。
武田幸と申しまする。よろしくお願いいたしまするぞ!!!」
ぴょこんと頭を下げる、少女。
おいおい、不意打ちにも程があるでしょ。
なに大将、してやったりって顔してんの。
俺様の寿命縮めるつもり?
そんなだったから、
「…俺は、佐助です。これから、よろしくお願いします」
そう言うのが精一杯だった。

俺様に与えられた部屋は2階だった。
隣の部屋の旦那が寝静まったのを確認して、階下に下りる。
案の定、そこには大将と軍神がいて。
「眠れぬのか、佐助」
と聞いてきた。
俺様が何しに来たのか、分かってるくせに。
二人が囲んでいるテーブルに近づき、据えられていた子供用の椅子に腰掛けた。
大将の目を見据えて、呟く。
「旦那には、前世の記憶が無いんですか?」
大将は、はっきりと答えてくれた。
「その通りじゃ」
気付いていた。
ただ、確認したかっただけだ。
「何も可笑しい事ではない。
ワシの記憶が戻ったのは、高校の時分よ」
「私の場合は中学でしたが」
安心させるように、二人は言葉を紡ぐ。
きっと二人は、俺様が旦那の記憶が無い事にショックを受けたと思ってるんだ。
「良かったぁ……」
だが、俺様は二人の意図とは違う言葉を吐く。
「旦那、記憶無いんだ」
「…どういう意味です?」
軍神の問いに俺様は答える。
「旦那、卑怯な手で殺されたんです。
実際、旦那が死んだ原因は、種子島の傷でした」
その記憶が戻るという事は、きっと辛く苦しい物だから。
「旦那には幸せに生きて貰いたいから」
だから、彼(現世では彼女か)に記憶が無い事を知って、俺は安堵したのだ。
重くなった空気に、はっとして顔を上げる
「……すいません、こんな重い話しちゃって」
じゃあもう寝ますね。子供は寝る時間なんで。
そう言って、立ち上がる
二人に背を向ければ、大将が俺様の名を呼んだ
振り返る。
「幸を頼むぞ」
「了解しました」
ではおやすみなさい。
一礼して、部屋を出る
今度は呼び止められなかった

こうして。戦国から現在に舞台をうつして、俺達の物語は始まりを告げる。

さす






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