大将は、毎日のように会いに来てくれた。
話すのは、他愛ない事。
奥さんの事や娘さんの事。
二人について話す大将は嬉しそうだったから、俺様も嬉しくなった。大将曰く、あと一週間後に俺様は武田の苗字になるらしい。
前世なら考えられない事だ。
随分と恐れ多い事だな、と思って苦笑した。




大将の奥さんは、娘を産んですぐに病気になって、子供を産めなくなった。
「息子が欲しい、と言い出したのもアイツからよ」
だから、施設の子供を引き取ろうという結論になったらしい。
「会いたいな」
その人がいたから、俺様は大将に再会できた。
その人がいたから、俺様はもう独りじゃない。
「あと少しで会えるぞ」
大将の家族に会いたい。
きっと、暖かい家庭なんだろうな。
あと三日で、会える。




施設から去る日、燦々と太陽の光が降っていた。
太陽までもが俺様を祝福してくれてる気がして、嬉しくなる。
肩紐が落ちてきたナップザックを背負いなおす。服とかは配達したから、このザックのなかは軽い。
施設の人は嬉し泣きしてた。
ありがとう。
俺を育ててくれて。
ありがとう。
大将に会わせてくれて。
そんな思いを込めて、大きく手を振った。
大将はお辞儀をしてた。
俺は施設に背を向けた。
大将の車に乗り込む。
さようなら。
ありがとう。
いつも冷たく見えてた施設は今日だけは暖かく見えた。




「着いたぞ。佐助」
「はい」
ナップザックを背負って車から出る。
目の前に見えた家は、かなり大きく見えた。
俺はあまりこの時代の家を見た事がないから、主観だけど。
ちょっとビクビクしながら、大将の後をついて行く。
どうしよう。
どう挨拶しようかな。
嫌われないかな。
そんな事を考えてたら、玄関に辿りついていた。
大将は大きくドアを開けて、声を出しる。
「帰ったぞ!!」
近所迷惑なんて考えない大声に俺様は驚く。
まぁ大きなお屋敷だから、このくらいの声じゃないと聞こえないのかも。
程なくして、軽い足音が耳に届いた。
女の人だな。
歩幅は一定で、鍛えられていることがわかる。
哀しいかな。忍の性って奴?
「おかえりなさい」
凜とした声。
ベリーショートの髪。
まっすぐ伸びた背筋。
綺麗。
否、違う。
相応しい言葉は。
恰好良い。
「佐助」
「…あ、はい。佐助と言います。これから、お願いします」
大将に促されて名乗れば、その女性はくすくすと笑った。
「しっていますよ。武田の忍」
「へ?」
武田の忍?
どうして、その事を。
はっとして、目の前の女性を見る。
「…上杉謙信?」
「そのとおりです。ひさしいですね」
びっくりした。
あれ?じゃあ大将と軍神は、現世では夫婦?
何事だよ。
戦国で争ってたじゃん、あんたら。
俺様、頭が混乱状態。
「高校で出会っての。そのまま結婚したのだ」
「合縁奇縁。おもしろきことです」
そなたとも出会えました。
人の縁とは、まことに愉快。
そう言って、軍神は笑う。
「よろしくおねがいしますね、佐助」
「よろしく頼むぞ、佐助」
ああ、家族ってこういう物なんだ。
視界が滲む。
あぁ嫌だ。
俺様ってこんなに涙脆かったっけ。
誤魔化すために下を向いて。
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げた。



薔薇色染めて




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