俺様の名前は猿飛佐助。
と言っても、これは戦国での名前。
今の名前は佐助。
苗字は無い。
なぜなら、この時代に俺を産んでくれた人達は、俺様を棄てたから。
寒くて雪の降った日だったらしい。
衰弱状態の俺様は、施設の前に棄てられていたそうだ。
俺様はまだ赤ん坊だったから覚えてないけど。
近くには名前だけが書かれた紙が置かれていたらしい。
俺様の名前は佐助。
苗字はまだ、無い。

「佐助君、何見てるの?」
施設の人が尋ねてくる。
俺はへらっと笑って答える。
「夕焼けー」
「そっかぁ。綺麗だねぇ」
「でしょ?」
大きな窓から見えるのは、赤い赤い空。
俺はこの瞬間の空が大好きだ。
赤はあの人の色だから。
いつもは澄んだ水色が、紅く朱く染まる。
いつも見れる訳じゃないけどだからこそ、綺麗。
「……旦那」
「何か言った?佐助君」
「ううん。何も」
へらっと笑えば、笑顔が返ってきた。

前世の記憶が在る事は、異常であると気付いていた。
その事は、皮肉にも前世の俺の知識から教えられた。
だから、今日も俺は薄っぺらい笑顔を浮かべて、生きる。
(親に棄てられるなんて、可愛相)
親がいない事は、悲しむ理由にならない。
(施設に一人っきりなんて、寂しいでしょう?)
周りに同じような境遇の人がいないなんて、悲しむ理由にならない。
そんな人達がいなくても、大丈夫。
だけどもし、叶うなら
あの人に会いたい。

「どうしたの?嬉しそう」
「あら、佐助君。良いことがあるのよ」
たった一人しかいない、施設に住み込んで働いている人
その人が嬉しそうに笑う
「貴方に、家族が出来るかもしれないの!!」
「……?」
カゾク?
一瞬理解出来なかった。
「今日の夕方頃いらっしゃるらしいの。私がお話してる間、いい子にしててね?」
「わかったー」
へらっと笑う俺様。
自分の境遇が変わろうと、どうでもいい。
ただ少し何かが変わるだけ。
その時は、そう思っていた。

お話とやらは終わったらしい。
すぐに俺は待合室に連れていかれた。
「良かったわね。
とっても良い人よ」
笑った施設の人の目は、少しだけ潤んでた。
俺様の前で、扉が開いた。座っていたのは、巨漢と言っても差し支えないほどの、大きな男性。
スキンヘッドにいかつい顔。
その顔に浮かんでいたのは、笑み。
夕焼けを透かした窓から、赤い光が後光のように差してて。
俺が前世で見た、武田信玄の姿をしていた。
だから、俺様は珍しく狼狽してしまって。
「……大……将」
思わず口走っていた。

「佐助君?」
はっとした。
目の前の男性を見て、顔を赤くする。
いくら大将に似てるとは言っても、時代が違うのだ。
別人かもしれない。
別人の方が有り得る。
「……ごめんなさい」
思わず、謝る。
間違ってたならごめんなさい。
目の前の人への思いと。
守れなくてごめんなさい。
前世の大将への思い。
ごっちゃになって、訳が分からない。
だからとりあえず、ごめんなさい。
「…すまぬが、二人きりにしていただけぬか?」
目の前の人が言う。
それは施設の人に向けた言葉で、俺様はその男の人と二人きりにされた。

どうしようどうしよう。
きっとこの人は怒ってるんだ。
そりゃあ初対面のガキに、変な名前で呼ばれたら怒るよな。
謝った方が良いかな。
でも、さっき謝ったような気がするし。
混乱して、頭の中がぐるぐるして。
そんなだから、俺様はその人が近くに来ていた事に、気付けなかった。
「……佐助」
名前を呼ばれて反射的に顔を上げる。
その人の笑った顔が、目の前にあった。
「戦国以来だな」
「……!!」
嗚呼この人はやっぱり。
「……大将…?」
「その通りよ。ずいぶん小さくなったものだな」
「そりゃあまだ6歳ですし」
答えれば、わしわしと頭を撫でられる。乱暴だけど温かみのある手が、俺の上にある。
それだけで、不覚にも視界が歪んだ。
「……辛かったであろう」
そんなことないです。
言葉にならない。
「もう、独りではないぞ」
ありがとうございます。
ありがとうございます。
言葉は嗚咽に消える。
「もう、独りで抱えなくて良いのだぞ」
その日、俺は初めて声を上げて泣いた。

に始まり






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