いつから伸ばしているのかも忘れてしまった、長い髪を結い上げる。黄色のシュシュで纏めたら、ポニーテールが出来上がった。
「慶次!!朝ご飯の時間でございまする!!」
「今行くー!!」
姉に返事を返して、俺は通学鞄を掴む。
「ききっ」
「お、サンキュな、夢吉」
ハンカチを渡してくれた飼い猿に礼を言って、その飼い猿もとい夢吉を肩に乗せる。普通の猿より幾分小さな夢吉は、俺の肩に難無く座る。
「じゃあ、今日も一日頑張りますか」
長い髪を揺らすと、肩で夢吉が嬉しそうに鳴いた。

慶次には前世の記憶がある。
姉にも義兄にもあるから、小さな頃は不思議に思わなかった。初めて不思議に思ったのは、家族旅行で加賀に行ったときだ。義兄の名前が刻まれた石碑。過去の遺物。義兄や姉のように、懐かしい、なんて割り切れなかった。確かにそこにいたはずの俺達は、過去の存在で。まるで時代に取り残されたようで。
「…何なんだろうな」
慶次は一人で廊下を歩く。中学生が歩いている中を、一人で。
ジェネレーションギャップなんてレベルではないのだ。400年なんて長い時間は。
ふと向かってくる生徒に目がいった。銀色。空色。海の匂い。同じ中学校の制服に身を包んでいる。
「…もとちか」
擦れ違う瞬間に、思わず呟いた。右目が見開かれた。彼の口が動く。
「慶次」
久しぶり、400年振りだね。
思わず言った。
彼は笑った。

「まさか、元親に会えるとはねー。予想外だわ」
「お互い様だ」
にやり、と浮かべるのは悪友にだけ向ける笑み。元親は変わってないな、と俺は思う。現世に惑わされている、俺とは違って。
「他には誰に?」
会ったか、と聞いてくる海賊に、指を二本たてて示す。ピースサインではない。
「まつ姉ちゃんと利だけ」
だから、身内以外には会ってない。
「元親は?」
「…真田と武田の忍……あとは元就だな」
指は三本立てられた。四本目は故意に立てられなかったが、慶次はそれに気付かない。
「毛利に会えたんだ」
「おう」
びっくりしたぜ。なんたって女になってるんだから。
笑う旧友に、慶次は呟く。
「良かったね」
こっちでも、この二人は仲が良いらしい。笑みを浮かべながら、慶次は僅かに胸を痛めた。

二人が屋上でのんべんだらりと過ごすのが日常になりかけた頃のことだった。猿飛佐助が屋上に現れたのは。
「…成る程。最近ちかちゃんの付き合いが悪いなーって思ってたけど、そういうこと」
「お忍び君」
「あはー、久しぶり。前田の風来坊」
元親と二人だけのはずだった屋上に、橙色が入り込む。食えない笑みは相も変わらず。
「よう佐助、バスケ部はいいのか?」
「今日はオフ。明日、試合だから。お嬢の部活が終わるまで暇なの」
「お嬢って、幸村?」
女の子なんだ。
慶次が口を挟むと、佐助が笑う。あの食えない笑みじゃない。申し訳なさそうに眉を八の字にした笑み。
「そうだよ。…ま、あの頃の記憶はないけど」
「そっか…」
かつての主に出会っても、相手に記憶がない。それに気付いた僕(しもべ)は悲しかったか。それとも喜んだか。
慶次にはわからなかった。
目の前の忍と海賊が、慶次に隠し事をしていた事さえ。


独りになって、慶次は呟く。
「…はんべえ」
雪のようなあの人は、何処にいるのだろうか。


スノーホワイトの追憶









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