from:阿呆
悪い。
今日は昼飯一緒に食えねぇ。
猿達にも言っといてくれ。
元就の携帯に、そんなメールが届いた。

「あれ、今日もチカちゃん一緒じゃないの?」
「今日も『一緒に食えない』そうだ」
そう言って元就が携帯のメール画面を見せれば、元忍は一つ頷いた。因みに、携帯電話の持ち込みはこの中学では基本的に禁止されているが、元就は然るべき書類を提出しているので、許可されている。
実際には、元親のように内緒で持ち込んでいる人間の方が多いのだが。
「まあ、クラス付き合いとかあるんだろうしね」
「まるで我にはそれがないような物言いではないか、猿」
「だってその通りでしょ。だから猿はやめて」
少しだけ眉を八の字にした佐助が笑う。
ああ、いらだたしい。我に友人のは事実だが、それをこの猿に言われるのは腹が立つ。同じように前世の記憶を背負っているのに、彼には友人がいる。
まあ、本当に気を許しているのは我らだけであろうが。
自惚れなどではなく、そう思う。自分と竹中と元親、面識はないが甲斐の虎と軍神もか。幸は記憶がないので除外。
それらは、前世の記憶を共有できる人物だ。
自分は、まだ完全には信頼されていないのは感じられるが、それはお互い様なのだから仕方ない。恐らく、甲斐の虎には完全な信頼を向けているのだろうが。
我なら?
元親がいる。完璧に信頼できる者がいる。
そう考えて、横を見た。
そういえば、隣でいつも微笑んでいるこいつには、竹中半兵衛には、信頼できる者はいるのだろうか。
目が合うと、にこりと笑われた。
何かを含んだ笑みだった。

あはは。
仮入部どこ行ったー?
放課後を迎え、わいわいと騒ぐ生徒たちの群れをくぐり抜けて、元就は1-Fの教室の前に立つ。ドアについたガラスから中を確認するが、目当ての人物は見当たらない。仕方ない。ドアの近くにいた男子生徒に尋ねることにした。
「そこの。ああ、貴様だ。…長曾我部元親をしらぬか」
その男子生徒は話し掛けてきた人間が元就だと気付き、さっと顔を赤くする。元就に思いを寄せている生徒の一人なのだろう。元就は男子生徒のそんな反応には気付かずに、もう一度探し人の事を問うた。
「長曾我部ですか?…あ、水泳部の見学に行くって言ってましたよ」
「水泳部か…。分かった。手間をかけた」
男子生徒にそう言って元就は身を翻す。教室を出て、目指すは屋外プール。

ばしゃりと水に何かを叩き落としたような音が聞こえた。続いて水溜まりに雨が落ちるような音。
プールサイドに辿り着いた元就の視界には、銀色の魚。いや、それほどまでに洗練された動きを見せる人間。ばしゃんと音を立てて水から顔をあげ、縁に手を着いた。
水に濡れた銀はいつもよりきらきらと輝き、滴を零した。黒いゴーグルの向こうの瞳が、元就を捉らえる。
「…見に来てたのかよ」
「教室におらぬのでな」
ぱたぱたと零れる滴が水面に波紋を刻む。
「元就。俺、水泳部に入る」
「勝手にしろ」
まさしく水を得た魚のような泳ぎを見てしまえば、戦国を思い出した。いつでも海と共にあった男は、現世でも水を求めるのか。
「我は文芸部だ。竹中もな」
「そうか」
知将達は書物を求めるのか。ならば、あの紅と忍は。
「幸達はバスケ部だと」
「幸は剣道ではないのか」
「剣道部は大会の時だけらしいぜ」
「似合いだな」
「そうだな」
また落ちた水滴はきらきらと橙を反射した。

黄丹の珠








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