4時間目の授業が終わり、教室が喧騒に包まれる。この学校では給食がないので、弁当を持ち寄る者、購買課で昼飯を購入する者など様々である。
そんな中、1-2の教室の一角。

「佐助!!弁当を!!」
授業が終わった瞬間に、斜め後ろの席の少年を振り返って叫んだ一人の少女。
ふわふわとした短い髪から、尻尾を彷彿とさせる長い髪が覗いている。この学年で知らぬ者はない。仮入部期間にも関わらず女子剣道部員を全員倒したと名高い、武田幸だ。
本人に記憶はないものの、前世では日の本一の兵とまで呼ばれた「真田幸村」その人の転生した姿である。
その少女に声を向けられた少年は、へらりと笑って重箱を取り出した。
橙に似た色の長めの髪をヘアバンドで持ち上げた少年。こちらもこの学年では有名人だ。中学一年生にして、そこらの店よりもかなり美味い料理をつくる。その手にある重箱の中には今日も美味しい品が詰め込まれているのだろう。
目を輝かせる幸の前に、重箱が広げられる。
「…やれやれ。幸は本当に色気より食い気、だね」
そう言いながら現れたのは、隣の教室の竹中半兵衛。小さな弁当箱を持っている。
「花より団子、でも正解であろうな」
半兵衛の後ろでそう発言したのは、毛利元就である。彼女の手には弁当箱らしきものはない。
因みに、彼女達もこの学年では有名人で、昨日で彼女達に告白し撃沈した男子生徒は両手両足の数を超えた。
「あーナリちゃん、半兵衛ちゃんちょっと待ってね」
近くにあった机を並べ始める佐助。慌てたように幸も手伝い始める。程なくして、五個の机が並べられた。
「あれ、鬼の旦那は?」
佐助が元就に問う。
元就は黙ったまま、教室のドアを目で示した。すぐに来る、という事か。
そしてそのドアが、ばんっと開かれた。覗いたのは銀色。
「わりぃ、遅くなっちまった」
「遅いぞ、うつけが」
「ひでぇ!!」
現れた人影に元就の叱責。長身の男は地味に傷付いた。
「元親君。通行の邪魔だよ」
しょんぼりとする元親に、半兵衛が更に追い打ちをかけた。元親、と呼ばれた彼は半分涙目で元就達が座る机に寄ってくる。
「前の授業が、美術だったんだよ。これでも、猛ダッシュで来たんだからな」
口をへの字にして、いかつい男が呟く。犬耳がついていても不自然じゃないな、と半兵衛は思ったが黙っておいた。
「下らぬ言い訳は終わったか。ならば食べようぞ」
「言い訳って!!」
元親の悲鳴に耳を貸すことなく、元就は佐助の持っていた小皿を手に取った。
「お嬢、良いよ」
「いただきますでござる!!」
空腹により瀕死の状態だった幸が復活して、一言。佐助はその姿を見ながら、席についた。

佐助の持ってきた重箱を見て元親が呟いた。
「…これって全部が佐助の手作りなのか?」
重箱は段ごとに分けられて、机の上に広がっている。その中身の素晴らしきかな。
ゆかりご飯で作られた俵形のおむすびはつやつやと光を反射していて、その横の卵焼きも鮮やかな黄色をしている。その他にも、美味しそうなおかずがずらりと並んでいる。
思わず自分の弁当箱と見比べて溜め息をついた。
「うん。ちょっと時間があれば簡単に作れるよ」
唐揚げをつまみながら佐助が答える。元親は重箱の中の筑前煮に箸を伸ばした。うん美味い。心の中で呟く。
「お前、店出せるぜ」
「あはーありがとー」
佐助が笑って返してきた。珍しく褒めてやったのに、薄っぺらい笑顔である。
「だけど、鬼の旦那のお魚も美味しいよ」
彼の箸の間には、元親特製の白身魚のフライが。元親の弁当箱の中の最後のおかずだ。取っておいたのに。何と言う素早さ。まるで忍の所業である。いや実際、忍だったのだけれど。
「てめっいつの間にっ」
「油断大敵ってね」
佐助はにやっと笑って、見せびらかしてから、箸でつまんだフライを食べた。
「ああ!!」
元親の悲鳴と同時に予鈴が鳴り響いた。

因みに重箱の中身は、幸によって空にされた。



桔梗色の日常










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