元就にはすぐに追い付けた。いくら元就が急いでも、歩幅に差があり過ぎる。俯いている元就の横をゆっくりと歩く。しばらくして、ようやく元就が口を開いた。
「何故」
一つ呟けば、堰を切ったかのように元就の口から言葉が溢れ出す。
「何故あの時、我と共に死におった。もしあの時おらなんだら、貴様は死なずにすんだのだぞ」
「…俺は後悔してないぜ」
そう答えれば、元就は目を見開いた。
「お前に会ってから、後悔したことなんて一度もねぇよ」
にっと口の端を持ち上げる。
それにな。と言葉を続ける。
「前世は前世、現世は現世、だろ。せっかく前世の記憶を持ってるんだから、俺はそれを後悔なんて物に向けたくない」
そう言い切ると、元就の顔が歪んだ。
あ、また泣く。
はっとした時には、もう遅かった。元親は、顔面で元就が投げ付けた鞄を受け止めていた。
「いってぇ!!」
え、今までのデレフラグ何処行ったの!? とか思いながら、顔面から鞄を取り払うと、元就の姿は小さくなっていた。
全力疾走で逃亡したらしい。
上等じゃねぇか。
二つの鞄を抱えて、元親は足を踏み出した。
400年の年月に比べたら、こんな距離は大した物ではない。






えぇ、まじでぇ。
ほんとうだってー。
教室の外を通り過ぎる声。半兵衛はそれらを無視しながら文庫本に目をやっていた。つらつらとした文字の羅列。話題の推理小説とやらは、犯人や探偵の心理描写に力を入れすぎて、肝心の推理部分には目もあてられない。
下らない。ふと思う。
推理小説も。自分自身も。
「だからさー」
耳に入り込んできた声。その方向に顔を向ければ、廊下側の窓に長い髪が見えた気がした。

「半兵衛殿、お待たせいたしました」
にゅっとドアを開けて、幸が顔を覗かせる。どうやら体験入部は無事に終わったようだ。
「剣道部はどうだった?」
「はい。楽しくはあったのですが…なんだか申し訳なく…」
「全員、お嬢より弱かったもんね」
幸に続いて教室に入って来た佐助が、幸の言葉に継ぎ足すように言う。
…まあ、天下の武田信玄の娘に勝てる生徒なんて、そこらの中学にはいないだろう。
そんな思いを胸に秘め、半兵衛は笑う。
作り笑いを頬に浮かべる。


1-1で弁当を囲む4人が、5人に増えたのはその次の日。



の縁



紫の縁(むらさきのゆかり):愛しい人や親しい人に縁のある人や物。







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