緑の座2







……元来

緑や水

生命を呼ぶ体質

とでもいうのか

そういうものを

持つ人間が

稀にいる



さらさらと片手で器用に左手に動かぬようにと巻いていたの白い布をほどく、まだ青年とは言い難い少年。そしてその左手は筆を持った。

『拝啓』
「おお、左手でも文字なら大丈夫だな、えっと…日差しも徐々に和らぎ木々は萌え鳥も……」

もともと左が利き手だし書きやすいなあ…。少年は一人で住むには充分過ぎるどころかやや広い屋敷の一室で思案した。

「ん…」

筆をすらすらと進めるうちに、ふっと気づく。文字の形が変わってゆくことに日差しの『日』は太陽を表し形を変え始め、木々の『木』の字さえも本物と同じように紙のなかで枝を伸ばしつつある。あまつさえ、『鳥』という文字はすでに羽を伸ばし飛び立とうとしていた。否、飛び立った。
しまった…、そうだったか。これらの文字はもともとは絵なのだ象形文字というやつ、これらはこれでいいとして。手元の紙をぐちゃぐちゃと墨で塗り潰すと、飛び立った『鳥』という命を持った文字を彼は追いかけた。彼は稀な体質をその生に授かった者なのだ。



此処、だろうか…。
噂の主がいるところってのは。その主というのは、稀な体質をその生に授かった者のこと。蟲師の間ではその者は良い意味でも悪い意味でもけっこう有名であったりする。良い意味で有名とは、蟲師にとってその稀な体質は調査してみたいものにあたるから。悪い意味で有名とは、その人物は蟲師嫌いであるからだ。歩き進めて、少しはましな場所に出たが相も変わらず眼に広がる緑。しかし、緑は変わらずともそこには古い屋敷が一軒ひっそりたたずんでいる。此処だろうな、と一人考えていると。ピチチッ…と。ん、いま何かが横切った。

「あ…」

隣にいた幼子が手を伸ばす。それでも届かずつま先立ちになる。それは子供から逃げるように男のまわりをくるりとまわった。

「……なんだこりゃ」

それは普通のものよりは小さいものの形状はまさに黒い鳥。いや、鳥のようなものというか。鬱陶しく飛びまわるそれを手で捕まえる。…ぐしゃと音がした。あまり心地いい感触ではない。安易に触れるものではなかったか。そろりと掌を開けば、黒くどろりとしたものが流れ出た。

「墨……?」
「あ…ぁ、ギンコ…つぶしちゃった」

下を向けば残念そうに手を下げる幼子、これは俺のせいなのだろうか。いや、俺のせいじゃあないだろうと顔を背けた。もう一度、黒に目を向け親指と人差し指でかるく擦る。うむ墨だ。

「これってもしや……「あっ!」」
「み、見た……?」

ぜいぜいと荒い息をして険しい目でこちら見つめてくるのは青年。険しい目といってもそれは敵意ある視線ではなく、あれを見てしまったのかと問い掛ける鋭く不安の混じった目だ。一度手を汚す黒い墨をみてから、青年に顔を向ける。

「あー、そりゃもうバッチリと」

もうすでに見てしまったのだからしかたぁない。



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