*堀宮119「ノンコミタル」のパロ *黄瀬が困ったちゃんかもしれません 「オレらって今付き合ってんの?」 あくまで何となくではあるけれど、青峰っちはさりげないような表情を装いながらそう言っていた。そしてオレは、その言葉に的確な返事を考えることも出来ずにただ黙り込む。 オレと青峰っちはバスケを通じてなんとなく仲が良くなって、今ではこうして青峰っちの部屋に入り浸る常連となっていた。それが恋人同士というのかはわからない。なぜかと言えば、そういったことらしい行為をしたことがなければ、お互いに気持ちを伝えることもなかったから。ただうっすらと、好きなんじゃないだろうかというような生半可な考え。オレはバスケのDVDを見て、青峰っちはグラビアの雑誌を見る。お互いに会話をしようとは感じられないように過ごしているけれど、同じ空間に存在していることは忘れないでいてくれるし、青峰っち自身もそれを拒んだりすることもなかった。笑顔が絶えない、そんな幸せな時間だったから。 「青峰っちは……付き合うって、何だと思うっスか?」 それはきっと誰もが思う、素朴な疑問なんだと思う。 「友達だったら出来ないことをしても良い権利を与えられることだと思うっスか?」 「べつに………」 「じゃあもし、黒子っちと付き合えたらなにするつもりだったんスか?」 「なにって……なんだよ」 「友達じゃ出来ないこと、するつもりだったっスよね?」 青峰っちは表情一つ変えないオレを見て、少しだけ焦っているようだった。柄にもないそんな行動に思わず笑ってしまいそうになるけれど、それはもちろんいつもの笑いではない。滑稽だと、そんな自分の中の黒さを知ってしまうような感情。 言葉を失っている青峰っちを見て、ああそうかと思った。キスも、それ以上のことも、実際友達という関係で出来ないわけじゃない。ただそれをしないだけで、だからこそ、オレは付き合うということが理解できないのだ。友達でもそういうことはできるのに、なんで恋人になりたがるのか。なんで付き合うということにこだわるのか。両思いであるなら、別にそれだけでいいじゃないかと思う。けれどオレだって、黒子っちと付き合えるならそう言うこともしたいし、オレ自身も矛盾を抱えているわけだ。 「黄瀬、お前なにが言いたんだよ」 「青峰っちが今、オレのことを本気で好きじゃないってこと」 「っ………!」 「そんでオレも、多分、本気で青峰っちのことが好きじゃないんだと思うっス」 「……んだよそれ!!」 カシャン、と音を立ててDVDのケースが床に落ちる。こうやって周りも形振りも考えずに青峰っちが行動するときは、大概青峰っちが本気で怒っている証拠だったりする。いつもなら慌てて謝ったり、オレまで本気になって怒ることもあるけれど、今日に限っては不思議なほど落ち着いていた。多分それは、全部が、紛れもない真実だからだろう。 「本気かどうかなんて、お前にわかるのかよ!」 「だって青峰っちは……っ、まだ黒子っちのこと好きでしょ」 過呼吸の中で、必死に息を吸う様に、オレは青峰っちにそう言った。振り上げた手は下ろされていて、ずるずると青峰っちが床に崩れ落ちていく。そして小さく、ごめん、と声に出していた。 オレも青峰っちも、ただ純粋に黒子っちのことが好きだった。だけど残念ながら黒子っちの思いは別の人に向けられ、それが女の子であるならオレたちも諦めがついた。だけどその相手はよりによって男であり、ある意味オレらとは正反対の人間で。言わばオレと青峰っちの関係は、お互いの溝を埋めるだけの不純だらけの関係だったのかもしれない。 「オレは、好きなもの、好きだって言えないんス」 「………なんでだよ」 「色々ごちゃごちゃ理由はあるけど、単純に傷つきたくないだけじゃ、ないっスかね」 最初は、好きだと認めれば手放す瞬間が恐ろしく感じられるなんて、そんな馬鹿げた理由だった。けれど時間が経ち、自分が大人になるにつれ、そんなことはどうでもよくなっていった。今はただ、理由もなく、本当に好きなものを作りたくないだけ、というのが本心だと思う。一つのことに夢中になればなるほど、それから離れるのがつらくなる。だからオレは、好きと思う必要性が感じられなくなっていった。好きとか、嫌いとか、そういうことを思う以前に、何とも思わないというのが一番楽だと知ってしまったから。 「じゃあオレも、好きじゃねーの?」 「好きっスよ、青峰っちのこと。だけどそこに愛はないっス」 「愛がない好きって、なんなんだよ」 「………知らないっスよ」 自分だっておかしなことを言っているくらいわかっている。だけどオレは、例えそれが、恋情の好きであったとしても、それを認めたくないだけなんだと思う。だって青峰っちは、まだ黒子っちのことが好きなんだから。でもオレは、それを理由に自分を正当化しているだけなのかもしれない。好きでも、そこに愛なんてない。愛の定義がなんなのか知らないけれど、オレはきっと、そこまで厚い思いは寄せていないと思う。 「ねえ、青峰っち」 「……」 「なんでレイプされても、子供って出来るんスかね?愛はそこにないのに、おかしいと思わないっスか?」 愛が無くても子供が出来るなんて、おかしなことだと、むしろ狂っているとオレは思う。好き合っていて、それがやっと愛になるんじゃないの?それならオレは愛なんて、必要ない。自分にどんな嘘を吐いてもいいから、愛なんていらない。そんなのに依存して生きるなんて、バカみたいだ。 「黄瀬」 オレが座っていたベッドの隣に青峰っちが座る。するとベッドのスプリングがギシッと音を立てた。 「全部やる」 「………は?」 「オレは頭わりーから、色々言われたってわかんねえよ。だからオレの全部、やるっつってんだよ」 開いた口が塞がらない、というのは、きっとこういう状況のことを言うんだと思う。そんなことを言うためにオレの隣に座ったというのと、それから、今までになく真面目な顔をしている青峰っちが、なんとなくかっこよく思えた。それにしたって全部って、いくらなんでも漠然とし過ぎていると思う。 「でも、青峰っちは──」 「テツのことはもう、忘れる。どんなに時間がかかっても、必ず黄瀬のこと好きになる」 「………」 「だから黄瀬も、オレのこと、好きになれよ」 言っていることは自信に溢れていて、むしろ命令形でしかないのに、青峰っちはどこか心配そうで、不安な顔をしていた。それを見ているオレまで辛くなって、ぐっと拳を握り締める。 オレは好きが何かとか、付き合うことがなんなのかとか、そういうことがよくわからない。いつか傷つくと知った上でそんな関係に好んでなろうとすることも意味がわからないし、第一その関係になることでなにが得られるのかもわからない。やっぱり愛だって要らないものだと思うし、そんな機械的に与えられるものの、必要性だってわからない。だけど、どうしてか青峰っちとなら、それらが全部平気に思えてきたのだ。そこに愛があるかないかと問われれば、答えは黙秘する。けれど、こんなオレを、好きになると言ってくれた青峰っちが嬉しくて、そんなふうに思えたのは初めてで、思わず涙が出そうになった。 傷の舐め合いでも、溝を埋めるだけだって構わない。そこから変わっていけるなら、変われるなら、それこそオレにとって、きっと進歩と呼べるものがあって、オレがぐだぐだと考えていた御託が、全部わかるんだと思う。だからオレは、青峰っちと、恋人同士に、なる。震える声で、隣でオレを不安げに見つめている青峰っちの手を握り、涙ぐみながらオレはいった。 「………はい」 |