違和感を感じ始めたのはずいぶん前。そしてそれが確信へと変わったのは少し前。そして、自分が少しばかり歪んだ人間だということに気付いたのは、ついこの前の話だ。


「えっ!黒子っちにストーカー!?」
「あまり大きな声で言わないでください……」


いつものように帰り道、ボクがマジバへ寄ると黄瀬君がいて、当たり前のように前の席に座られる。火神君が居れば、邪魔だなんだと言って黄瀬君を退かしてもらえるのだけど、あいにく火神君は今日日直で帰りが遅いのだ。だからボクは一足先にここへ向かったわけだけど、やっぱり黄瀬君に捕まってしまった。最も今日は話すこともあったし、火神君が居れば言い辛いことだから好都合だったのかもしれない。
ボクの言葉を聞くと、うんうん唸りながら黄瀬君は何かを考えているようだった。ストーカー被害に合っている、と、気付いたのは結構前だ。妙に後をつけられている気がして、一際影の薄いボクにストーカーなんてきっと何かの間違いだと思ったけれど、残念ながらそれは間違いではなかった。ボクの帰りを狙ったかのように郵便箱に入っていた手紙やらなにやらその他諸々。吐き気を催すほど気持ちが悪いものが入っていたこともあり、奇しくも犯人が男だということも知ってしまった。
何の間違いでボクに、しかもよりによって男のストーカーが付いたのかなんてわからない。恨まれるようなことをした覚えもなければ、妙に好かれるようなことをした覚えだってないからだ。そしてやっぱりこういうのは黄瀬君に相談するのが妥当かと思い、今この状態に至るわけだ。火神君に相談してもよかったのだけど、彼は人一倍心配しそうだし、これ以上ボクのことで迷惑をかけるのも駄目だと思った。


「そうっスか……黒子っちにストーキングするなんて、いい度胸してるっスね」
「……本当ですね」


黄瀬君はかわいそうな人を見るような目ではなく、災難だったっスね、なんて言いたそうな顔をしていた。ボクからしてみれば直接的な被害はなくても、間接的な被害はエスカレートしていくばかりだ。気持ち悪いし、お母さんに見つかってしまった日にはいかなる心配を掛けることかと思う。だからやっぱりここは、自力で解決するほかないと思う。


「頼れるのは、黄瀬君だけなんです」


バニラシェイクをテーブルに置き、じっと彼の目を見つめてそう言った。すると黄瀬君は一瞬言葉を失ったような顔をしていたけれど、すぐに笑顔を見せ、ボクの手を握って任せてくださいっス!と言っていた。


「大丈夫っスよ、オレがちゃーんと黒子っちのこと守るっスから!もう変な手紙も写真も来なくなるっスよ!」
「……ありがとうございます」


ボクも愛想笑いのような、そんな笑顔を返した。こうしてボクと黄瀬君の共同宣戦が張られたわけで。丁度よく火神君もマジバへと来てくれて、黄瀬君と手を取り合っているボクの様子を見ると、眉間にしわを寄せてなにしてんだよと不機嫌そうな顔をしていた。なんでもないですよと返し、黄瀬君の手を振り解く。残念そうな顔をしている黄瀬君を尻目に、後でメールでもしますからと、そう言うと、わかったという返事を兼ねた彼の笑顔が返ってきた。
一見聞くだけなら、ボクはここでもう安心した生活を送れるはずだった。だけどボクは、気付いてしまったのだ。彼の、黄瀬君との違和感に。
中学時代からの執拗なボクへの執着、高校へ上がってから鉢合わせになる回数、後をつけられていると気付き、数回だけ彼の姿をそこらで見かけることも多かった。でも、これだけで大切な友達を疑うのも、どうかと思ったのだ。けれど彼は、ボクが言ってもいない被害を知っていて、それでいてボクがストーカー被害にあっているということにそこまで驚きもしなかった。きっと火神君なら、勘違いなんじゃないか?という一声くらいあっただろう。というか、一般的に考えて男子高校生にストーカーなんてつくわけがないし、疑うのが妥当な反応だと思う。となれば、やっぱり黄瀬君がボクの、ストーカーの犯人ということで間違いはないだろうという結論に至るのだ。
そして正常な人間であれば、彼を警察に突っ撥ねるまでいかなくても、もうやめてくださいくらいの言葉はあっていいと思う。そう、正常な人間であれば、の話だけど。残念ながらボクは正常な人間ではないらしい、なぜかと言えば、ボクにストーカーをしている、そんな黄瀬君がボクは、好きなのだ。不道理で不法的なことをされているというのは重々わかっている。だと言うのに、ボクだけを思ってそんなことをしてくれる黄瀬君が、愚かで、愛しくて仕方ないのだ。そして彼も等しく、そんなボクを愛しているわけで。


「…………あ」


チカチカと光っている携帯を見ると、黄瀬君の名前が表示されていた。そう言えばメールをすると言って、そのまましていなかったことを思い出す。深呼吸をして通話ボタンを押し、もしもしと声を出した。


『黒子っち?』
「はい、そうです」
『もー!一回で出てくれないと心配するっスよ!』


なんかあったんじゃないかと思ったっス!なんて言う彼の声を聞いて、思わず頬が緩む。ずいぶん演技がうまくなったじゃないですか、そう言うことができたらどんなに滑稽なことだろう。けれどまだ、その言葉を言うべき時ではない。心配かけてすみません、そう声のトーンを下げて言えば、そうっスよと黄瀬君に言われてしまった。


『それでね、黒子っち。明日から一緒に帰らないっスか?』
「それは……構いませんが」
『黒子っちが被害に合うのは殆ど帰り際っスよね?じゃあオレが居ればきっと平気っスよ!』


そう来たか、なんて思ってしまう。大好きな黄瀬君と帰れることは嬉しいし、もちろん断る義理もない。黄瀬君はと言えば、火神っちは家まで送ったりしないっスよね?と言っていた。普通に考えれば、友達の域で家まで送るというのもどうかとボクは思ったけれど、一応黙っておくことにした。彼も彼なりに考えているのだろうし、こうやってお互いに騙し合っていることがなにより楽しくて仕方ないのだ。


「………黄瀬君」
『はいっス?』
「………被害、無くなるといいですね」


意味深長に、ボクがそう言えば、黄瀬君は一拍置いてからそうっスねと返した。おそらく今、彼は笑っていることだろう。それはもちろん二重の意味で。愚かで頭の足りていない黄瀬君は、ボクが気付いていることに気付いてはない。もしかすると、自分が犯人でありながら相談に乗っているという事実上、彼に対して頭の足りていないという言葉を使うのは間違っているのかもしれない。きっとボクと黄瀬君が付き合えば、こんな小さな問題は簡単に止むだろう。だけどボクは、黄瀬君が姿を見せないでどこまで行為をエスカレートさせてくるかということに興味がある。その行為の分、彼は、ボクを好いてくれているということになるから。
自分が歪んだ人間だということは知っている。だけどそれは黄瀬君にも言えるし、これはもうお互い様なのだから仕方のない話だ。ああ、明日からの生活がまた楽しみだ。ボクはそう静かに思うと、電話の向こうで楽しそうに話題を振っている黄瀬君の話へと頭を投じた。




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